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2006年1月の記事

2006年1月23日 (月)

81点!

P1120165s  81点! マイケル・ジョーダンの試合を何百試合と取材して、それでも見ることができなかった数字。それだけの得点を一人の選手が一試合で入れるのを見る日が来るとは、思ってもいなかった。しかし、そのありえないことが今夜、ロサンゼルスで起こった。そして、それを会場で見ることができたのは運がよかった。

 1/22、ラプターズ対レイカーズ@ステープルズ・センター。このところ好調のコービー・ブライアントはきょうも前半から調子がよかった。ハーフタイムでの得点が26点。「この調子だと、きょうもまた50点いくかも」(2試合前のキングス戦で51点をあげた)と思ったのだが、そんな予想は、現実が軽く飛び越えてしまった。50点を越えたのは3Q終盤。とにかくシュートが好調で、外からのシュートも軽々と、面白いくらいに沈めていた。人間、想像を超えた信じられないものを見たときに笑ってしまうということがあるけれど、きょうのコービーを見ていた私もまさにその状態。コービーがシュートを決めるたびに、笑い、首を振っていた。
 P1120113s 4Qが始まる時点で53点。「コービー自身のキャリア最高得点(62点)を越えるかも」と思っていたが、この予想もまだ甘かった。4Qがまだ半分残っている時点で64点。このあたりから、観客の間に、「歴史的な試合を見ているのかも」という空気が漂ってきた。3ポイントを2本。ドライブインからのジャンパーを1本。これで72点。これで、レイカーズ史上最多得点の記録を塗り替えた(それまでの記録はエルジン・ベイラーの71点)。
 しかし、これでもまだコービーは攻撃の手を緩めない。やや甘いラプターズのディフェンスの穴を、これでもかというほどについてくる。こういうところ彼は、俗にいう"killer instinct"を持っている。遠慮なんていう言葉も知らない。ドライブインからのジャンプシュートで74点目。フリースロー2本で76点。さらにフリースロー3本で79点。これでNBA史上2番目の高得点記録となった。仕上げにフリースロー2本で81点。NBA史上では、過去にウィルト・チェンバレンが一度到達したことがあるだけの80点以上の世界。残り4.2秒、スタンディング・オベーションの中、ベンチに下がった。

 この記録が特別に思えるのは、記録達成優先の試合ではなかったこと。あくまで勝負にこだわった結果、この記録が生まれた。前半でラプターズに14点のリードを取られたレイカーズが、何とかその点差を詰め、ひっくり返そうとする中で、コービーは後半だけで55点をあげた。もっと早くに勝負が決まっていたら、12/20のマベリックス戦(コービーが62点をあげた試合。大差で勝っていたので4Qは試合に出なかった)のように途中でベンチに下がっていたことだろう。4Qに入っても勝負がついていなかったから、コービーは試合に出続け、ほかの選手のシュートが決まっていなかったから彼がシュートを打ち続けた。

 そういえば、1962年にウィルト・チェンバレンが1試合100得点をあげたとき、NBAはまだテレビ中継が当たり前の時代ではなかった。だから、チェンバレンの100得点試合は動く映像での証拠は残っていない。ということは、きょうのコービー・ブライアントの81得点は、映像として残されたNBA史上最多得点試合ということになる。
 ※チェンバレンの100点試合については、以前、オンラインマガジンDuniaのコラムで取り上げたので、興味ある方はどうぞ。→2011年1月補足。Duniaのサイトが閉鎖されて読めなくなっていたので、ホームページに掲載しました。「記録の裏側」

P1120149s  試合が終わり、記者会見も終わるとコービーはパパの顔になり、娘を抱いて帰途についた。今夜、帰ったら娘をお風呂に入れる約束になっているのだとか。そして、練習がオフの明日の朝は、ゆっくりと朝食を食べ、(おそらく娘といっしょに)トム&ジェリーのマンガを見て過ごしたいという。

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2006年1月15日 (日)

懐かしい顔

P1120035s  1/12のキャブス@レイカーズ戦は、レブロン対コービーという華やかなマッチアップの試合ということもあって、各界の有名人が大勢試合を見に来ていた。試合は全米放映され、そこではペイサーズがトレードを決めるまで休職&求職中のあの人(ロン・アーテスト)に注目が集まっていたけれど、その彼の席と同じ列、ずずずーーーーーっと左にいったあたりに一人、見覚えのある、ちょっと懐かしい顔が…。テレビでも、会場のセンターボードでも一度も映されることがなく、ひっそりと(?)友人たちと観戦を楽しんでいた。
 ちょっと見たところLAによくいるサーファーの兄ちゃんという感じのこの彼は、ブルズの後期3ピートのベンチプレイヤーの一人、ジャッド・ブッシュラー。すでに現役は引退、現在はサンディエゴに住んでいて、見た目のまま、本当にサーフィン三昧なのだとか。そういえば彼はNBA選手の頃から、ビーチバレーの選手というのが売り(?)だったっけ。根っからの海人間、アウトドア人間なのだ。
 引退後はめったにNBAの試合に行くことはなかったらしいのだが、きょうは特別。なんといってもレブロン対コービーだし、仲良しのスティーブ・カーがTNTの解説をしている試合でもあり、レイカーズには元ブルズのコーチ、フィル・ジャクソンも、アリゾナ大後輩のルーク・ウォルトンもいる。というわけで、サンディエゴからLAまで出てきたらしい。そういえば、今はスティーブ・カーもサンディエゴ在住。二人は2マイルの距離のところに住んでいて、しょっちゅう行き来しているのだそうだ。

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2006年1月 9日 (月)

レジー、古巣チームの観戦

P1120002s NBA会場のネット環境は驚くほど遅れていたのだが、ようやく少しずつ会場やメディアルームからLANのインターネット接続ができるところが増えてきた。たとえばロスのステープルズセンターは今シーズンから、ワイヤレスでのインターネット接続ができるようになった。というわけで、このブログ初の試み、試合中に更新してみる。
P1120027s  きょうのステープルズセンターは、ペイサーズ@レイカーズ。LA出身で、元ペイサーズのレジー・ミラーがコートサイドから観戦中。
 ハーフタイムには、ペイサーズの選手をはじめ、いろんな人と挨拶、ハグ、握手を交わしていた。右はコービー・ブライアントと話しているところ。
 ちなみに、座っているのはベンチと並びのコートサイド席。ただしペイサーズのベンチ側(ジャック・ニコルソン席)ではなく、レイカーズのベンチの並び。ペイサーズが得点入れても、もちろんレイカーズが入れても、拍手や応援をすることもなく、じーっと見てるのは、一応マスコミ(TNTで解説)の人間になったから…?
(現在4Q残り10分9秒。70-65でレイカーズが5点リードです)

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復活への道のり

P1110669s これも年末のニューヨークでの取材分。
 ニューヨークでは、藤野素宏選手にも話を聞いてきた。3年前の夏から渡米している藤野選手、今季はNYロングアイランドにあるABAストロングアイランド・サウンドでプレーしていたのだが、12月頭、試合中にアキレス腱断裂の大怪我。12月末に会ったときには、左足はギプス、松葉杖という姿だった。

 アキレス腱断裂って、一昔前(いや、「十年ひと昔」だとすると二昔前か?)だと、トップアスリートにとってはキャリア終了を意味するくらいの致命傷だったわけだけど、今は十分に一線に復帰できる。たとえばNBAでもドミニク・ウィルキンスがアキレス腱断裂後に復帰したことがあった(…って、これもすでに10年以上前の話だ)。ただし、リハビリはバスケットボールができるまでで半年と長く、かなり根気が必要だ。藤野選手も、会ったときにはまだリハビリを始めるどころか、松葉杖もとれていない状態だったので「実感がわかない」と言っていたものの、その一方で「これでやめるわけにはいかない」と、リハビリをしてコートに復帰し、再びNBA挑戦を続けるとの思いを語ってくれた。

 ちなみに、彼は早稲田大学ではフィギュアスケートの村主章枝さんと同学年。同じ帰国子女同士で気が合い、さらにアスリート同士で刺激を受けあうことも多かったらしい。実は村主さんは一時、シカゴの我が家にホームステイしていたこともあって(別に藤野くんからの紹介だったわけではない)、私も応援している。バスケットボール選手だと、応援しながらも、どこか客観的に見なくてはというスポーツライターとしての歯止めがかかるのだけど、フィギュアスケートの記事は書くことがないので、とにかく一ファンとして応援している。
 そんなこともあって、このときも藤野選手のことについて取材をしていたはずが、いつの間にか二人して村主さんのトリノ五輪出場権獲得の話で盛り上がっていた。
 その村主さんも、今シーズンは怪我で自分の持てる力を出し切れずに苦しんだシーズンだったのだ。でも、オリンピック出場枠がかかった年末の全日本選手権では見事に復活して優勝、念願だったトリノ五輪出場を勝ち取っていた。我が家にいた2年前の夏のときから「とにかくトリノ五輪に出たい」と、五輪への熱い思いを語っていた人だけに、このニュースは私もすごく嬉しかった。藤野選手も、「やりたいと言っていたことを成し遂げてしまうのだからすごい」と感嘆することしきり。同年代(実は2人は誕生日も1日違い。村主さんが大晦日生まれで、藤野選手が元旦生まれなのだ)の村主さんの頑張りに、これからリハビリをする藤野選手自身がかなり元気をもらったはず。

 ところで、その藤野選手が今年の誕生日(つまり元旦)を機にブログを始めた。デザインを一新するまで公開は待ってと言われていたのだが、ようやくかっこいいデザインで仕上がったようで、公開のゴーサインをもらった。ほかのアスリートのブログを研究して、どんなブログにしようという構想も練ったらしい。マメに更新するとのことなので楽しみ。  藤野選手のブログ

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2006年1月 5日 (木)

KJ@MSG

 年を越してしまいましたが、2005年の遠征締めくくりとなったNYでのコロンビア@マディソン・スクエアガーデンについても、忘れないうちに書いておきます。

P1110540s  Panasonic Holiday Festivalは初回が1934年、今年で69回と、かなり歴史のある大会だとか。大学4チームが集まって行うミニトーナメントなのだが、何といってもあのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行われるというのが魅力。日本人選手がMSGでプレーするなんて滅多に見れることではないので、大晦日のカウントダウンを前に観光客だらけ、ホテルも満室状態のNYまで見に行ってきた。
 実は、日本人選手がMSGで行われる試合でユニフォームを着るのは、これが初めてというわけではない。2004年3月、宮澤友希選手が所属するコルドーゾ高校が、ニューヨークの公立高校リーグの決勝戦でリンカーン高校(セバスチャン・テルフェアのチーム)とMSGで対戦したことがあった。あのときも見に行ったのだが、残念ながら宮澤選手には出番がなく、MSGのコートに立ったのは試合前とハーフタイムのウォームアップのみ。MSGもいろいろなレベルでの試合が行われているので完全には調べ切れないけれど、たぶん今回のKJが日本人で初めてMSGで行われた公式戦でプレーした選手になるんじゃないかな(もし、ほかにMSGでプレーした日本人選手をご存知な方は、ぜひお知らせください)。

P1110648s Panasonic Holiday Festival初日にあたる12/27には、NYの地元紙、Newsdayに丸一面使ってKJ(松井啓十郎選手)の記事が載っていた。
 アメリカに来ている日本人選手の記事の見出しが"Rising Son"というのは、もうすっかり定番。田臥選手の記事でも何度も見たし、おそらく大リーグ選手でも何度か使われたことやら。
 記事はKJがどうしてアメリカに来てバスケットボールをするようになったか、モントロスでの話、そしてコロンビアから勧誘されたいきさつ。記事は、今のところオンラインでも読めます。

P1110561s  KJは2試合ともスタメン。本来スタメンのシニア(4年生)選手が故障で欠場しているからということもあるようだけど、1年のうちからこれだけの経験ができるというのは貴重。コロンビアのコーチ・ジョーンズは、かなり頻繁に選手交代を行うのだけど、それでも12/27のセント・ジョーンズ戦では20分、12/28のセント・ピーターズ戦でも19分間出場。どちらの試合でも、きっちりと、彼の役割である3ポイントを決めていたのはさすが。MSG独特の雰囲気に飲まれることもなく、「それほど緊張はしなかった」というから、この点は昔から大舞台を経験している強みなのかな。本人があまりに淡々としているので、この大舞台を見るために西海岸から駆けつけた私としてはちょっぴり肩透かしの気分。いや、もちろん、それくらい堂々としているほうがいいのだけれど。 

 試合は残念なことにコロンビア2連敗。初日(12/27)のセント・ジョーンズ戦は、体格でも経験でも一回り違う相手に、最初から最後まで圧倒されて24点差の大敗。2戦目は前半終わりでKJの連続3ポイントで逆転したのに、後半に入ってから相手のプレスディフェンスとポイントゲッター(NCAA Div Iの得点王)にやられてしまって9点差で負け。1、2年生中心の若いチームの脆さが出てしまったように見えた。
 これでクリスマス前のノートラダム戦からはじまって、KJにとって人生初の3連敗(このあと1/2の試合にも負けて現在4連敗中…)。ま、でも、大事なのは1月から始まるアイビーリーグでの成績なので、今のこの敗戦が若いチームにとって肥やしとなれば…。

P1110614s P1110543s  ところで、12/27の相手だったセント・ジョーンズには、元ニックスのアンソニー・メイソンの息子がいて、けっこう活躍していた。いつの間にか現役を引退していたお父さんも応援に来ていたけれど、もう、とても現役復帰はありえないというくらい太ってしまっていた。リック・マホーンといい勝負かも。

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