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2006年9月の記事

2006年9月30日 (土)

トレ-ニング日和

P1160528s 日本から帰ってからなかなか時差ぼけが抜けず、しばらくの間一般の人と少しずれた生活が続いた。まぁ、ふだんから締め切りのときは時差ぼけと関係なくそんな生活なわけだけど、締め切りでしかたなく半徹夜のときとは違い、夜中になるほど目も頭も冴えてくるから始末に終えない。でもそろそろNBAのトレーニングキャンプも始まるし、そんな生活にも終止符を打たねばと、目覚ましをかけて早起きをした。

 早起きして行った先は近くのグラウンド。平日の朝なP1160485sのに、ジョギングしたり、ウォーキングしたりしている人たちがけっこういる。そんな中に一人の日本人選手がいた。
 …って、もちろん偶然発見したわけではなく、そこで走っていると聞いたので出かけて行ったのだけれどね。走っていたのは去年夏、専修大4年のときからアメリカ挑戦を始め、挑戦2年目に入った大宮宏正。半日、トレーニングの様子を取材させてもらった。

P1160496s_1  まず、朝一番にグラウンドで走ったり、フットワークをしたり、四股(!)を踏んだり。四股を踏むときには、「これ(四股を踏んでいること)、書いてくださいね」と念を押された。四股は股関節のストレッチ、強化にいいらしい。カリフォルニアの青い空、椰子の木という風景の下での四股…!

P1160588s_1  40分ほどグラウンドで過ごしたあと、次に近くのスポーツクラブへ。ここでドリブル、ボールハンドリング、シューティングの練習。ボールはNBA新ボールを使用。手触りが少し布のような感じで、不思議な感触だ。グリップは前のボールよりもいいように作られているらしいが、慣れるまではこれまでのボールとの感覚の違いに苦労する選手も多そうだ。大宮選手もこのボールは数日前に初めて使って、今も人から借りているのだそうで、シュート感覚をつかむのに少し苦労していた。

P1160705s  シューティングのあとは腹筋。割れたお腹が自慢(?)という大宮選手、膝を立てての腹筋や、バランスボールを使っての腹筋でさらに腹筋を鍛える。こういったトレーニング類は、いろんな人にアドバイスをもらったり、スポーツクラブでまわりの人がやっているトレーニングを見たりしてメニューを組み立てているのだとか。ここまでで午前中のトレーニングは終わり。
 この日はこのあと話を聞かせてもらって別れたのだけど、夜にまたスポーツクラブに戻って、ピックアップゲームをすると言っていた。さらに2日に1回はウェイトトレーニングもしている。トレーニングで明け暮れる一日なのだった。こういう一日かけてのトレーニングのリズムというのも、ようやく最近になってつかめてきたらしい。

 アメリカに出てきて最初の1年は日本で通用していたプレーが通用しなかったり、決まっていた話がポシャって所属するチームがなくなったり、英語で苦労したり、言ってみればアメリカの洗礼をしっかりと受けた大宮選手だが、この一年の間にだいぶたくましくなった。どうたくましくなったかは、10月25日発売の月刊バスケットボール12月号のCrossover USAのコーナーで書く予定なのでお楽しみに。
 その頃までには彼もさらに経験を積んで、また少し成長しているかも?

 そういえば、この夏、大宮選手は帰国中に栃木代表として国体の関東予選に出場。彼の貢献もあり、栃木は見事に16年ぶりに国体の出場権(関東から2チーム)を勝ち取ったのだという。これも、「書いておいてくださいね」と念を押されたので、忘れないうちに書いておく。
  そして今、その国体が兵庫で開催中。大宮選手はアメリカに来てしまっているので国体本戦には出場できず。少し残念そうだったけれど、今はこっちで経験していることが大事だからしかたない。

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2006年9月29日 (金)

中国の進む道

 NBAのトレーニング・キャンプ開始までカウントダウンとなり、さすがにそろそろ世界選手権モードを脱出しなくては。というわけで、慌てて最後の回をアップします。

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 予選ラウンド最終日の劇的な勝利で決勝ラウンド進出を決めた中国。しかし、決勝ラウンドでは大会準優勝のギリシャのトラップディフェンスに手も足も出ずに、ボロボロにやられてしまった。すっかり中国の大黒柱の風格が出てきたヤオ・ミンいわく、「今回の結果(決勝ラウンド進出)は、一番最低限の目標を達成しただけ。今後はもう少し結果を出していかないといけない」とのこと。

 2年後のオリンピックが北京で行われるだけに、ファンやメディア、そして国からも大きな期待をかけられているようだ。その期待の表れのようだったのが、中国から集まったメディアの数。中には取材に来ているのか、応援に来ているのかと思うようなメディアもいたのだけれど(*)、とにかくそのエネルギーたるや、すごい。札幌会場の記者会見では、もっと質問したい中国メディアと、試合後の汗をかいたユニフォーム姿の選手を早く着替えさせてあげたいというFIBAスタッフの間で火花が飛びかっていたこともあった。

P1150887s   そして最終戦後。通常通りの英語+日本語のみの記者会見のあとに、中国のヘッドコーチが中国人メディア向けに追加で記者会見を行った。今、中国のヘッドコーチはリトアニアのヨナス・カズラウスカ氏(聞いた話では、中国は彼に対して、日本がパブリセビッチ氏に払っているよりもかなり高い契約金を払っているらしい)なので、記者会見自体は中国語の通訳付で英語で行われた。それならということで、大勢の中国人メディアの中、私も残ってやり取りを聞かせてもらった。公の場でやっていることだから何の問題もないのに、なんだか「潜入」している気分で隅っこでコソコソしたりして…(苦笑)。

 記者会見ではギリシャ戦の敗因、特にギリシャのプレスに対応できなかったことに加えて、今後、北京に向けての強化の話にも及んだ。そこでカズラウスカ氏は「これは私の個人的な提案だ」と断った上で、次のようなことを言っていた。

P1150884s_1 「このまま選手がCBA(中国のトップリーグ)でプレーしているだけではだめだ。選手を外に送り、もっとふだんから厳しい競争に立ち向かわなくてはいかない。そうやって選手を外に送ることはCBAのレベルとしてはマイナスになるかもしれない。しかし、2年後の北京五輪までの短期間で考えるのなら、そういったやり方も必要だ。
 ヤオがいる限り、中国には大きな可能性がある。何もないわけではなく、若くいい才能がある。たとえば、CBAでイ(ジレン)をディフェンスできる選手がいるだろうか。彼は中国国内で、いったいどれだけディフェンスのプレッシャーを感じてプレーしているのだろうか。
 イタリア、スペイン、ロシアなど、短期間で強化するにはそういったヨーロッパの国に出ることもいいだろう。たとえば、きょうギリシャが見せたようなボールに対するプレッシャーは、ギリシャでは毎試合経験することができる」

 中国のバスケットボール界の動きを見ていてスゴイと思うのは、外国の力を利用してでも成長しようとする貪欲さだ。ヤオ・ミンがNBAから猛烈ラブコールを受けたときも、ヤオにNBAでプレーする許可を与えるかわりに、NBAからコーチのクリニックへの人材派遣をはじめ、強化につながる多くの約束を取り付けていた。ヤオが怪我をしたときや、ワン・ジジがNBAでの高額契約獲得を得ようとして代表チームに戻らなかったときなど、彼らをNBAに出したことに対して懐疑的な声も大きくなったと聞くが、それでもやはり、そうやって貪欲にやってきたことで、確実に中国は前進している。前進しようと努力している。それは、今大会での中国を見て感じたことだった。
 さて、北京までのカウントダウンが2年を切った今、このカズラウスカスHCの提案を受け止め、中国バスケットボールはどんな動きを見せるのだろうか。

* 聞いた話では、接戦となった予選ラウンドのプエルトリコ戦中、プエルトリコのフリースローのときにエンドラインのカメラ席から、写真も撮らずにフリースローの邪魔をしようと手を振っていた中国人カメラマンがいたらしい。それを見て憤ったプエルトリコのカメラマンとつかみ合いの喧嘩になりそうだったとか。取材者としてはとても褒められた行為ではないけれど、いやぁ、この熱さはスゴイ。

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2006年9月23日 (土)

「日本風味」

 すっかり間があいてしまい、早くも9月も残すところ1週間。今さらではあるけれど、NBAシーズンが始まる前に、世界選手権ネタで出しそびれていたものを数回に分けてアップしようと思う。

 日本で開催された世界選手権。LAに戻って留守録にしておいたESPNでの放送バージョンを見たら、トップの映像が神社だった。実際には神社を見に行った選手たちは少なかったと思うけれど、その分、いろんなところで彼らなりの「日本風味」(食べ物に限らず)を味わっていた。中でも、「日本語」はやっぱり彼らにとっては滞在中、一番身近にあった「日本」だったようだ。

P1150619s_1  このTシャツ、もしかしたらあまり知られていないのかな。イタリアチームが自分たちで作って、札幌の試合前にまわりの人たちに配っていた…らしい。Sカメラマンがもらったのだけど、サイズが小さいということでくれた。決勝ラウンドで勝ち進んでいたらもっと配ったのかもしれないけれど、ベスト8決定戦であっさりと負けてしまったので、もしかしたらまだこのTシャツ、たくさん彼らの手元に残っていたのではないだろうか、と余計な心配をしてみたり。
 ちなみに、埼玉で初めてイタリアを見た人たちにとっては、今回のイタリアチームは印象薄いチーム(あるいは信じられないフリースローミスで、勝負弱いチームとして印象に残っている?)かもしれないけれど、札幌の間は、若くて荒削りながらも、なかなか魅力的なチームだったのだ。
 大会一のイケメンとも噂された⑤バシーレ。31歳のベテラン。最初の試合で27点と大活躍だったのに、次の試合では出番も少なく、もしかしたらケガでもしたのかと思って隣に座っていたイタリアの記者に聞いたところ、「いや彼は波がある選手なんだ。きょうの出来は悪かったからね」とのこと。確かにそうだった。というより、彼が目立った活躍をした試合は結局最初の試合だけだった。
 かわりに注目されていたのが、20歳の若手、④バリネリ。彼も波があったけれど、若い選手の波はまわりも大目に見てくれる。アメリカ戦で25点をあげると、試合後の記者会見でイタリアのメディアからコーチKに「彼は将来NBAでやっていけると思うか?」との質問が飛んだ。コーチKはすかさず、「それよりデュークに来てほしい。デュークではイタリア語専攻も取れるし、僕にもイタリア人の義理の息子が2人いるんだ。もう(独身の)娘は残っていないけれど、奨学金の枠はまだ残っているよ」と公開リクルート(?)していた。

P1160382s_1  もうひとつ、日本語でTシャツを作ったチームはスペイン。優勝を決めたあとに、用意していた「一番」「日本」「根性」という鉢巻を頭に巻いていたスペインは、それだけでなく、「王者」と書かれたTシャツも作っていた。それがこれ。下の「Pau Tambien Juega」のTシャツと同じ色だから、いっしょに作ったのかな。「王者」の上には、「Golden Boys」と書かれていた。
P1160313s  優勝後の様子からもわかるけれど、このスペインチームは選手同士、かなり仲がいいらしい(パウ・ガソルは特にナバロと仲良く、この大会中もルームメイトだったとか)。チーム内だけでなくて、家族も仲がいい。ガソルは一家で応援に来ていたらしいが、優勝後には父がミックスゾーンのすぐ近く(記者席のすぐ横)まで下りてきて、その父を発見したガソル兄弟が父と固く抱き合っていて、家族が支えあっている様子がうかがえてとっても微笑ましかった。彼らにとって、この日本語のTシャツとともに、日本で過ごした2週間がいい思い出として残っていたら嬉しいですネ。

P1160221s  そういえば、こんな「日本風味」もあったっけ。決勝戦前、スペインのテレビ局レポーターたちがスタンドからプレゲーム・レポートをしようとしているところ。かなり気合が入ってます。

 余談だけど、大会前からチームに期待がかかり、国民の注目も集めていたこともあって、スペインのメディアはとてもアグレッシブだった。予選ではグループが違うのに札幌にまでレポーターが来ていて、アメリカの選手たちに「スペインはどう思いますか?」「パウ・ガソルはすばらしい選手だと思いませんか?」とスペインの質問攻撃。アメリカ選手にとってはスペインはグループも違い、いつ対戦するかわからない相手なわけだから、当然まだスペインのことは考えていなかったのに(結局、対戦はないままに終わってしまったし)、彼らが何度そう言っても、スペイン人レポーターはメゲることなくスペイン攻撃を続けていたのだった。そういえば、埼玉に移ってから、アメリカの練習にパット・ライリーが現れると、すかさず「ナバロをどう思いますか?」「ヒートで獲得したいと思いませんか?」と、またもやスペイン攻撃。ちなみに、ナバロの権利はまだウィザーズが持っているのでこういう質問にはライリーは答えられないのだ。ライリーもスペインのレポーターにはそう言ってかわしていたのに、なぜか、インターネットで見たスペインの新聞では「ライリーがナバロについて熱く語る」になっていた。

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2006年9月 3日 (日)

Pau Tambien Juega

P1160224s  世界選手権最終日から、少し前に戻りました。長くて濃い2週間で、札幌のことはすでに遠い昔のことのよう。埼玉に移ってからは毎日やることが詰まっていて、このブログも札幌最終日以降まったくアップできず…(スミマセン)。このあと1週間、今度は締め切りでかなり厳しい毎日になりそうですが、自分の記憶を呼び起こすためにも、少しずつ振り返っての話をアップしていきたいと思ってます。

 さて、きょうの決勝戦からのトピックはこれしかないでしょう。このTシャツ、何だかわかりますか? きょうのタイトルにも使ったこのスペイン語、「パウも僕らといっしょにプレーする」という意味だそうです(Tambien=「も」、Juega=「プレーする」)。このTシャツ、スペイン選手たちがコートに入ってきたときにユニフォームの上に着ていたもの。2日前のアルゼンチン戦で右足小指を骨折したパウ・ガソルがきょうの決勝に出られないとわかってから作ったものなのでしょう。まさにこの言葉の通り、スペインの選手たちはパウの分もハッスルして決勝戦に圧勝。世界選手権金メダルを獲得しました。松葉杖のパウは、片足でピョンピョンと跳び上がったり、チームメイトと抱き合ったり大忙し。彼が跳び上がるたびに、メンフィスでは心配でしかたなかったはず。

P1160311s_1 (右の写真は弟のマルクに肩を借りてメダル授与を受けた直後。このマルクが、きょうは勝利に貢献する活躍で、言って見れば、出来すぎの人情モノのような試合でした)

 ちなみに、スペインではこの世界バスケが大盛り上がりだそうで、準決勝の視聴率はW杯に次ぐ高視聴率(29%)だったとのこと。決勝は日曜の昼だったし、おそらく、さらに高い視聴率だったのではないでしょうか。スペイン国内4ヶ所でパブリック・ビューイングが行われていたとも聞きました(このあたりのスペイン情報は、すべて大会中にスペインのテレビ局のお手伝いをしていたSさんからの情報です。多謝!)

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