« University Parkway | トップページ | スラムダンク奨学金(1) »

2006年12月31日 (日)

ジャパニーズ・バスケットボール・プレイヤーズ in ユタ

P1180153s_2  前回の書き込みからすっかり間があいてしまいました。そうこうしているうちに、きょうは大晦日。今書かないと今月は1本も書かなかったことになると、大慌てで今年最後の書き込みをしています。

 季節的に数日遅れの写真(左)でスミマセン。アメリカではHoliday Seasonということでクリスマスからお正月まではひとまとめ、クリスマスの飾りつけを正月まで残しておくのもふつうなので…と言い訳をしつつ、年末年始のご挨拶の気持ちということで。

 この1ヶ月、ブログは書いていませんでしたが、取材はたくさんしていたんですヨ。ベイカーズフィールドで田臥選手の取材が3回(本当は4回のはずでしたが、年末に田臥選手がインフルエンザで倒れたために最後の1回は取材中止)。ロサンゼルス・クリッパーズが8試合。ロサンゼルス・レイカーズが7試合。ユタに行ってユタバレーステイトを1試合。そのほか、試合以外の取材も数件。
 仕事の中で取材が一番好きな私としては嬉しい悲鳴なのですが、これだけ取材の予定が入っていると、合間に原稿を書き、友人たちとランチに行く予定を少しばかり入れるともうびっちり。…と、いつの間にかまた言い訳になってますね(苦笑)。

P1180258s  さて、それでは今月の取材の中で一番印象的だった話を。

 上で、今月もユタに行ったと書きましたが、そのときに日系人の元NBA選手、ワット・ミサカさんにお会いしてきました。実は私がワットさんにお会いするのはこれが初めて。前から一度お会いしたいと思いながら、機会がないままにここまできてしまいました。今回も、特にこの記事のために絶対に取材しなくてはということがあったわけではなく、とにかく一度お会いしたいというのが最大の目的(といっても、もちろん今回の取材については今後、どこかで取り上げるつもりですけれど)。ワットさんに連絡を取ったところ、本当に快くOKしていただきました。
 で、ワットさんと電話で話していたときに、ふと、ワットさんと会うときに中山明日実選手といっしょに行ったらどうかな~と思いついたのです。ワットさんも、ウィーバーカレッジ→ユタ大とユタで大学生活を送り、選手として活躍された方。今、現在進行形で同じユタで大学生として頑張っている日本人選手がいることも教えてあげたいし、これがきっかけでユタでバスケに関わっているジャパニーズ(日系人、日本人)同士、交流が始まったら面白いな、という思いでした。ワットさん、中山さん二人の都合もあい、12/18夜、某日本食レストランにて、ユタのジャパニーズ・バスケットボール界(!)にとって歴史的な顔合わせが実現しました。

 ワットさん、この3日後の12/21に83歳のお誕生日を迎えられたわけですが、とにかくお元気。趣味のボーリングのほうは最近はボールを軽くしてレディースボールを使わなくてはいけなくなったのが残念と悔しがっていらっしゃいましたが、もうひとつの趣味、ゴルフのほうは「ゴルファーにとって目標は自分の年齢の数でラウンドを回ること。年をひとつとったことで、それが年々簡単になっていく」と笑っていました。

 お元気なのは身体だけでなく、記憶力もスバラシイ。四方山話的にいろいろなお話を聞いたのですが、よどみなく思い出話が出てきます。
 その中でとても興味深かった話が、ワットさんが現役の頃(第二次世界大戦の前後です)はポジションというのはあまり関係なかったということ。たとえばガードの選手は、ディフェンスで戻るとそのままエンドラインまで行ってフォワードの選手をマーク、逆にフォワードの選手はディフェンスではガードの選手をマークするといった具合だったのだとか。ワットさんは現役時代には小柄なほうだったと聞いていたので、てっきりガードだと思っていたのですが、ポジションとしては“フォワード”だったのだそうです。
 そういえば私がかつて現役だった頃(当然ガードでした。会ったことがある人ならわかると思いますが、日本人の中でもチビなほうなので)、フォワードやセンターのチームメイトから、「私たちはコートの端から端まで走らなきゃいけないから、真ん中から真ん中のガードより体力を使って大変なのよ」と冗談半分で言われた覚えがあります。ワットさんの現役時代はそういう不公平(?)はなかったんですね。それだけ、みんなあまりサイズに差がなかったということなのかもしれません。

 このように、当然と思っていたことが覆されるというのは、一番取材の楽しさを感じるときでもあります。何事も、思い込みだけではダメ、きちんと確認、取材することが大事だと、あらためてライターとしての初心を思い返させられたひとときでした。

 それでは皆さま、よいお年をお迎えください。新年明けてから井上雄彦さんのスラムダンク奨学金についてのブログ記事をアップしようと思いますので、こちらもお楽しみに。

|

« University Parkway | トップページ | スラムダンク奨学金(1) »

コメント

宮地さん

クリスマスはいかがでしたか?そして、新年おめでとうございます!
Utahで、すばらしい会を開催されたんですね!日系のNBAプレーヤーとしてワット ミカサさんのお名前をどこかのサイトで拝見したことがありましたが、実際にお会いされたんですねぇー、それも新旧の顔合わせを実現させたなんて、すばらしい!!!ですね!

僕も昔、アメリカの大学で同じようにマネージャーをしながらバスケットを勉強している方がいると言うことで、桶谷君を紹介していただきました。あの時は、本当にありがとうございました。広いアメリカでまだまだそんなに多くない日本人バスケ人(びと)。宮地さんだからこそ実現を可能にしていただいた巡り合わせ、今も感謝しています。大君は、今ではもう監督さん!すばらしいですね。

お互いの存在を何らかの情報で知るだけでも明日へのパワーになりますし、それがもし直接顔を顔をあわせて、知り合うことができた時は、かけがえのない宝になりますよね。これからも、たくさんの素敵な巡り合わせが実現できるとすばらしいですね!

ps:中山選手は、アーバインやサンタバーバラに来られるんですか!?近い!是非応援にいかせていただきます!

投稿: Makoto | 2007年1月 1日 (月) 14時23分

Makotoさん
またまたお返事が遅くなってしまって、ごめんなさい。中山選手@アーバインとサンタバーバラ、見に行かれましたか? アメリカで頑張っている日本の選手や関係者の方に会えるのは、この仕事をしていて一番嬉しいことだったりします。私も、そういう人たちのおかげで、アメリカのバスケットボールのいろいろな面を見ることができています。

投稿: 陽子 | 2007年1月27日 (土) 01時32分

本屋に行ったら、ミサカさんについての本があって、「日系二世のNBA 伝説のプレイヤー ワッツ・ミサカとその時代」という本で、かなりの厚いページ数の多い本でした。様々な視点から読むことができそうな本のようですね。情報センター出版局というところから出版されているようです。

投稿: Tetsu | 2007年6月19日 (火) 20時38分

Tetsuさん
情報、ありがとうございます。その本の著者の五味幹男さんは、ミサカさんのところに何度も通って取材していたようですよ。ミサカさんにお会いしたときに、ミサカさんからそうお聞きしました。

その後、たまたま本の編集の方からご連絡をいただいたりしたこともあり、この本は私も送っていただきました。

ミサカさんについては、中国新聞のサイトにもかなり詳しい特集があります。去年の世界選手権前に掲載されたものです。この記者の方も(私は面識ないのですが)、ミサカさんのところに取材に通って記事をまとめられたとのこと。この方の調査のおかげで、ミサカさんは日本に残っている親族の方にも連絡をとることができたのだそうです。
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/basketball/

投稿: 陽子 | 2007年6月20日 (水) 13時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100884/13279107

この記事へのトラックバック一覧です: ジャパニーズ・バスケットボール・プレイヤーズ in ユタ:

» やりぬく気質~宮地陽子さんとお会いして [NBA、インターンシップ挑戦記]
12月16日のBakersfield戦で田臥選手の試合を見に行く際、NBAのライターとして有名な宮地陽子さんがロサンゼルス周辺に住んでいるということを知ったので、お会いして話をできればと思い連絡をしたところ、直接お話していただけることになった。アリーナの会場と同時に入場...... [続きを読む]

受信: 2007年1月 1日 (月) 17時07分

« University Parkway | トップページ | スラムダンク奨学金(1) »