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2007年1月の記事

2007年1月31日 (水)

スラムダンク奨学金(2)

 スラムダンク奨学金(1)の続き。今回は、この奨学金を私が個人的に応援する理由を書いてみようと思う。

 たとえば田臥勇太がアメリカ留学を考えたときにこの奨学金があって、1年間英語を学ぶ期間に奨学金をもらうことができていたらどうなっていただろうか。
 実は田臥のところにもD1の大学からのオファーはあった。しかし、最終的にはそのD1の大学では英語を学ぶ最初の年の奨学金が出ないということが決め手となり、田臥はD2の学校(BYUH)を選んだ。
 もし、その一年の準備期間をプレップスクールで過ごすことができていたら、そのための奨学金を出してもらうことができていたら、その間に英語力をつけることができ、アメリカの生活にも慣れ、さらにバスケットボール面でもD1の多くのチームにアピールし、さらに多くのオファーを得ることもできたのではないだろうか。

 思えば、田臥勇太、北郷謙二郎がアメリカのD2の大学に留学したのはすでに8年も前のことだ。当時、「これで日本の高校トッププレイヤーたちがアメリカの大学を目指す流れができるかも」と思ったのだが、実際にはあとに続く選手はいなかった。
 おととしの秋にKJこと松井啓十郎がD1のコロンビア大に入り、去年秋には伊藤大司もD1のポートランド大に入ったが、彼らは高校からの留学組。彼らは彼らで日本の人たちに道を示してくれているが、「日本の高校トッププレイヤーの留学」ではない。
 女子選手では中村学園の中山明日実選手が今シーズンからユタバレーステイト大でプレーしているが、男子選手で日本の高校からD1に入った選手は、私が知る限りではいない。

 この数年、大学を出たあとにアメリカ挑戦をする日本人選手たちを見てきて、出てくるなら大学後ではなく大学で出てきてほしいと常々思っていた。アメリカのマイナーリーグは日本にいては想像がつかないほど厳しい世界だ。レベルの問題だけではない。いろいろな面での不安定さ。日本人選手にとっての一番の問題である就労ビザの問題。ビザなしだとサラリーもあてにできないし、アルバイトもできないのだから、プロになって儲けるどころか、日本から持ってきた資金は減るばかり。そして最終的にチームに所属できなかったときの行き場のなさもつらい。

 それに比べて、大学ならアメリカ中に様々なレベルの大学があり、様々なスタイルのチームがある。選択肢が広いのだ。しかも奨学金をもらうことができれば、大学の授業料もかからずにすむ。もちろん、遠征の費用や、遠征中の食費もチームから出る。下手するとマイナーリーグ選手よりもお金をかけずに生活できる。

 ただ、日本人選手にとって壁となるのが英語。成績が一定以上でないと大学ではプレーもできないのだから、英語力をつけることは大学選手となることの前提条件でもある。さらに、自分のレベルやスタイルにあったチームを探すことも、日本にいながらではなかなか難しい。それを解決するためには高校から出て、早いうちに英語やアメリカの環境に慣れたほうがいいということになるのだが、実際に日本の強豪高校でプレーしている選手だとなかなか高校の途中でアメリカ留学というわけにもいかない。

 そんな意見交換の末に、スラムダンク奨学金の対象としてプレップスクール案が出たのだった。プレップスクールの説明はスラムダンク奨学金の公式サイトを見てもらうとして、実はこのプレップスクールはどこも私立だけに授業料は高く、一個人でこの選択肢を選ぶのは難しい。しかも、多くあるプレップスクールの中には大学に入る点数を取れなかったバスケ能力の高い選手を集め、実際に授業で成績を伸ばすのではなく、単に成績に下駄を履かせて大学の入学資格を与えるという、まるでプロ予備軍のようなプレップスクールもある。何も知識がない一個人がそれを見分けるのは難しい。

 スラムダンク奨学金のすばらしいところは、「ただお金を出すだけ」という姿勢ではないこと。その一年間で最高の経験ができるように、かなりの下調べがされている。井上さんの思い描いている奨学金を実行に移しているのは集英社で雑誌の編集長や副編集長という立場にあり、そちらの本職のほうでも忙しい人たちばかりである。そんな彼らが、時間を作り出して奨学金の設立に時間をかけたのは、ひとつは井上さんの情熱に応えるため。そして、彼ら自身が持つバスケットボールへの思い入れのため。彼らが2年間以上かけて調べた知識は、選手にとっては奨学金の金銭的な援助と同じくらい、ことによるとそれ以上に大きな援助となるはずだ。 

スラムダンク奨学金公式サイト
井上雄彦、スラムダンク奨学金を語る

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2007年1月28日 (日)

Zoom Kobe II 記者会見

P1180564s  LA某所で、コービーの新シューズ、Zoom Kobe IIのメディア発表記者会見があったので行ってきた。

 前からあちこちで公言してしまっているので、すでにご存知の方もいるかもしれないけれど、実は私にとってシューズは苦手分野。選手が新しいシューズを履いていても全く気付かないし、新しいシューズが発売になったと聞いても、いつもは「ふーん、そうなの」程度の反応なのだ(メーカーさん、ゴメンナサイ!)。
 そんな私でもシューズ関連の取材は何度かしたことがある。ナイキの本社まで行って、エアジョーダンのデザイナー、ティンカー・ハットフィールドに話を聞いたこともある。実を言うと、この取材が面白かったのだ。ジョーダンのシューズに対するこだわり。ティンカー・ハットフィールドのジョーダンのテーストに対する理解の高さ。そんな話を聞いてシューズに対する認識を新たにした、目からウロコの取材だった。

 今回のコービーのシューズ取材、実を言うと付け焼刃の知識を仕入れただけ、ほとんど前知識なく行ったのだけれど、しかも記者会見では思っていた以上にシューズ関連のトピックばかりで、用意していったシューズからかけ離れた質問は聞くこともできずに終わってしまったけれど、でも、結論から言うと面白かった。シューズがシューズ話で終わらず、コービー自身のバスケットボールに対する取り組み方が別の面から見えてきた。もう少し深く掘り下げて記事にできるかもしれないというヒントも得ることができた。

 その肝心の話はどこかに書くときまでちょっと待ってもらうとして、記者会見でのコービーのコメントで印象に残った言葉のひとつ。

「デザイナー(写真右)には、“できるだけクリエイティブにやってほしい”と言っているんだ。僕もコートの上でクリエイトしている。同じように、彼らにも(彼らの分野で)クリエイティブになってほしい」

 この姿勢、言葉。比べたらいけないと思いながらも、ジョーダンが言いそうな言葉だと思ってしまった。やっぱりコービーは基本的なところでジョーダンに影響を受けている人なのだと思う。単にまねをしているのではなく、そういう考え方、そういう姿勢が自分のものになっているのが、他の選手とは違うところなのかもしれない。

 あ、ひとつだけコービーとジョーダンが違うところがあった。ジョーダンは(ウィザーズでの復帰後は別にして)、滅多に他の選手がエアジョーダンをNBAの試合で履くことを許さなかった。でも、コービーは他の選手が自分のシューズを履くことは「構わない」のだそうだ。

 ちなみに、このZoom Kobe II、アジア地区では晩春発売、とのことでした。ついでにアメリカでは白・紫・ゴールドのレイカーズカラー仕様は西海岸限定で4/1発売。黒・ゴールドは全米で4/1発売。白・白は6/1発売。紫・白は7/1発売だそうです。

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2007年1月27日 (土)

スラムダンク奨学金(1)

 漫画「スラムダンク」の作者、井上雄彦さんがスラムダンクの発行部数が1億冊を超えたことを記念して、「スラムダンク奨学金」を考えているという話を聞いたのは、もうかれこれ2年余り前のことだった。集英社の、今回のプロジェクトを進めているスタッフの方から相談のEメールが届いたのが最初だった。

 「日本のバスケットボール選手がアメリカの大学に留学し、大学でプレーするための奨学金を考えているのだが、どう思うか」

 確か、最初はそういう話だった。さらに話を詳しく聞くと、できれば日本でもトップレベルにある選手に行ってほしい、できればNCAAのトップレベルであるディビジョンⅠ(D1)でプレーしてほしい、というのが希望だという。
 しかし、アメリカの大学、特にD1のチームは見込みがある選手には大学からの奨学金を出す。もちろん奨学金は自前で、Walk onでチームに入るという方法だってないわけではないが、チームが奨学金を出してくれるということはそれだけ選手を買っているということのあらわれであり、逆に言えば奨学金なしの立場でプレータイムを勝ち取るのは大変なことなのだ。
 プレータイムを勝ち取るのが難しいと最初からわかっている環境のために奨学金を出すよりは、別のやり方があるのではないか。もう少し有効なお金の使い方があるのではないだろうか。確かそういう提案をした覚えがある。

 そこから、今回発表された形の奨学金になるまでに、いろいろな案が出た。チームを結成して、大学リクルートの場となっているショーケース大会に出るのはどうか。大学ではなく、マイナーリーグからNBA入りを狙う選手の生活資金援助するのはどうか。いっそのこと高校の留学生の奨学金を出してみてはどうか…などなど。

 最終的には、井上さん自身が大学生(高校卒業直後の選手)の奨学金ということにこだわりたいという気持ちを強くもっていたことから、今回のようなプレップスクールへの奨学金案が採用されることになった。

 こうやって文章にしてしまうと簡単なことに思えるかもしれないけれど、この結論にたどり着くにはものすごい時間と労力が費やされている。何人かの留学経験者やアメリカでのバスケ経験者を紹介して、体験談を聞いてもらった。実際にショーケースの主催者に問い合わせたり、調査会社を使って調べたりもしていたらしい。プレップスクールも、ただ単にどこでもいいからと選んだわけではなく、ましてや授業料が安いところを選んだわけでもなく、下調べをして候補にあがった学校をスタッフがアメリカまで行って下見をして、コーチとも会って話を聞いてから最終決定しているのだ。

 長くなりそうなので、ここでいったん切ります。続きは近いうちに書きます。

スラムダンク奨学金公式サイト
井上雄彦、スラムダンク奨学金を語る

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