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2007年7月28日 (土)

サンドリン兄弟

 アメリカ代表については、8月の直前合宿が始まったらまた書く機会もあると思うので、ミニ合宿については(2)で終わりとし、きょうは別のトピックを。

 日本(徳島)では、今、アジア選手権(北京五輪予選)が行われている。参加国のひとつ、韓国に「ダニエル・サンドリン」という選手がいる。去年6月に韓国籍に帰化したものの、延世大では過去にヨーロッパのプロリーグでプレーしていたこともあって大学でのキャリアが続けられず。今年KBLドラフトで上位指名されて、オリオンスに入ったばかりの選手だ。韓国名を李ドンジュンといい、お母さんが韓国人、お父さんはイタリア系アメリカ人。
 彼と彼のお兄さんのエリックのサンドリン兄弟については、前にも何度か書いたような気がしていたのだが、どうやら掲示板や知人へのメールどまりだったようで、過去のブログやscrapbookでは見つけられなかったので、あらためて書いておこうと思う。

 ダニエルのプレーは5年くらい前、彼がシアトル・パシフィック大というNCAAディビジョンIIの大学でプレーしていたときに一度だけ見たことがある。当時BYUHに所属していた田臥勇太がNCAA(Div2)トーナメント1回戦で対戦した相手だったのだ。お兄さんのエリックと2人で長身でよく走るツインタワーを組んでいて、チームの中心選手の一人だった。正直言ってシアトル・パシフィックはBYUHよりもずっといいチームで、BYUHは実力も出し切れないままに完敗、これが田臥の大学最終戦となった。
 試合でも目立っていたこの兄弟、どうもアジア人っぽい顔をしているなと思ったら、試合後に、どうやら日系人の双子らしいという噂を聞いた。実際は、日系ではなく韓国人系で、双子ではなく2歳違いの兄弟だったので、噂の情報は微妙に違っていたのだが。

 ダニエルを見かけたのはこの1回だけだったのだが、お兄さんのエリックはその後、しばらくしてから何度か見かけ、話す機会があった。日系ではなく、お母さんが韓国人なのだということを確認できたのも、エリックに聞いたからだった。
 エリックと再び会ったのは2005年1月、ABAのベルビュー・ブラックホークスがロングビーチ・ジャムを訪れて試合をしたときだった。田臥もフェニックス・サンズを解雇された直後ですでにジャムに合流していたのだが、この日は体調がすぐれずに欠場。エリックは30分出て、14点、9リバウンドをあげている。
P1070560s_2  この試合の少しあとにエリックはブラックホークスを離れ、ハーレム・グローブトロッターズ入り。そのグローブトロッターズが3月NCAAファイナルフォーのときに、NCAAオールスターチームとエキジビション試合をしたのだが、そこでレイカーズのスカウトに目をつけられ、夏にはレイカーズの一員としてサマーリーグに出場。さらにそこでのプレーが認められたのか、秋にはサクラメント・キングスのトレーニングキャンプに参加していた。結局、レギュラーシーズンが始まる前にキングスのロスターからはカットされてしまい、その後はCBAやABAなど、マイナーリーグを転々としているようだ。
(写真は2005年NBAサマーリーグの試合にて。レイカーズ(紫)の20番がエリック・サンドリン)

 2005年1月の段階では、ダニエルはすでにバスケットボールは引退して働いているということだったのだが、まだバスケットボール選手として続けたいという思いは持っていたようだ。エリックも、母の国である韓国はもちろん、日本でもオファーがあれば喜んでプレーすると言っていたので、国籍制限のないbjリーグは彼ら兄弟にぴったりだと思っていたのだが、それより前に韓国KBLに彼らを発見されてしまった(笑)。
 今のところまだエリックは韓国籍は取っていないようだが、ダニエルよりも数センチ(大学時代は2インチ=約5cm差だった)長身で、運動能力が高いだけに、もしこの先エリックも韓国籍を取ったら、日本にとってはさらに強敵となりそうだ(彼らの場合は母親が韓国人なので、現FIBAルールなら、帰化さえすれば揃って代表入りも可能のはず)。
【訂正】 7/29記
 FIBAの規則をあらためて確認したところ、たとえ親が韓国人であっても、いったん放棄した韓国籍を再取得した場合には帰化選手とみなされる。現在、FIBAのルールでは帰化選手は各国一人だけに制限されているため、サンドリン兄弟が揃って韓国代表としてプレーすることはできないようだ。
 サンドリン兄弟の場合は、様々な状況からおそらく韓国籍はすでに放棄していた可能性が高いと推測されるが、もしも韓国籍を放棄していず(アメリカ他の国との重国籍であったとしても)韓国籍を持ち続けていたのなら、帰化選手としての数には入らない。
 (参) FIBA Internal Regulations 2006 (PDFファイル)  H.2.3

***

 ひとつ書き忘れていたことがあった。エリックもダニエルも、シアトル・パシフィック大に行く前にポートランド大に在籍していたことがある。伊藤大司の先輩、というわけだ。二人とも、どうやら、ポートランド大(Div1)ではあまりプレータイムがもらえなかったようで、エリックは1999年に、ダニエルは兄を追うように2000年に、Div.2のシアトル・パシフィック大に転校(transfer)している。

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