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2007年10月29日 (月)

日本基準

 日本で試合を見た感想や感じたことをいくつかメモで残していたのですが、日々の雑事の追われ、仕上げを後回しにしているうちに、早くもNBA開幕前夜になってしまいました。NBAシーズンを迎える前に日本での宿題を仕上げてしまわなくては…ということで、今さらではありますが、日本の試合の感想をアップしようと思います。
 何しろたった2試合(しかもシーズン前の試合)を見ただけの感想なのだから、ふだんから試合を見ている人にとっては「それは違う」と思うこともあるでしょう。もしそういったことがあれば、ぜひコメント欄やメールにて、異論反論をお聞かせください。お待ちしています。

感じた変化

 実はbjの試合を会場で試合を見たのは2年ぶり。JBLのほうは、たぶん4年ぶりでした。

 一番印象に残ったのは、どちらも、会場のファンが応援しようという気持ちが感じられたということ。
 何年も前、とある日本人選手が、「日本のバスケの試合は“観賞する”という感じで、アメリカのような“応援する”あるいは“いっしょに戦う”という雰囲気ではないのが物足りない」と言っていたことがあった。実際、私も4年前にJBLの試合を見たときに、そのためなのか、会場の雰囲気にすごく違和感を感じたのを覚えている。2年前のbjリーグ@東京のときはそれとは少し違った雰囲気(強制される応援&しらける観客)だったけれど、違和感を感じたことには変わりなかった。
 しかし、今回はどちらの試合でもそういう違和感がまったくなくて、それどころか、ファンがそれぞれ自然に声を出して応援しているのが肌で感じられたのだ。強制されるのではなく、みんなでただ単に声を揃えるのではなく、自然発生的に応援の声が飛ぶ。それは、決して“観賞”ではなく、“応援”の場だった。

 日本代表の試合でもなく、シーズン中の試合でもないのに、こういう雰囲気の中で試合を見られたということに、日本のバスケシーンも変わってきた、バスケファンが、バスケの見方が変わってきたのだな~とシミジミ。bjリーグが始まったり、去年日本で世界選手権やアジア予選が開催されたりした影響なのかもしれない。遅々としてなかなか変化しないバスケ界に苛立ちを感じる日本のバスケファンも多いかと思うけれど、前回書いた観客数の話とあわせて、久しぶりに見た私には変化が感じられた。

ゴールデンエイジ

 日本でゴールデンエイジと呼ばれている年代の選手たち。実は私、この代の選手が高校3年のときにインターハイを見に行っている。夏の一時帰国中、関東(茨城)でインターハイが開催されていると聞いて、萩原美樹子さんといっしょに電車に乗って見に行ったのだ。今回、その世代の選手がJBLデビューする試合を見にいけたわけで、すごく不思議な、偶然のめぐり合わせだ。インターハイもJBLも毎年見に行っているわけではないし、当時のインターハイも、今回のJBLカップ戦も、別にゴールデンエイジの選手がいるから見に行ったわけでもない。たまたま一時帰国したときにタイミングよく見に行ける試合だったから行っただけなのだ。その意味ではラッキーでした。

 今回、試合に出ていた中では、石崎選手と竹内譲二選手は、インターハイのときも印象に残った選手だった。実は、インターハイを見たときに「アメリカの大学に出てきてほしいなぁ」と思った3人(2人+竹内公輔選手)だったのだ。3人とも日本の大学に進んでしまったけれど。
 私が日本の選手を見て、アメリカに出てきてほしいと思うのは、その選手がアメリカで活躍できそうだからという理由ではない。むしろ、その逆と言ってもいいかもしれない。日本ではアドバンテージが大きくて楽にプレーできてしまう選手を見たときに、「アメリカに出てくればいいのに」と思うのだ。石崎選手は日本人ポイントガードとしてはサイズがあるし、竹内兄弟も同じく、日本人選手の中に入るとサイズと機敏性でアドバンテージがあるから、比較的楽にプレーできていると思う。
 もちろん、日本にいたからこそプレータイムも多くて成長できたという面もあると思う。でも、こういう選手には、アメリカに来て同等以上の選手とマッチアップして、壁を感じて、それを乗り越えてほしいと思うのだ。

 別に、それはアメリカである必要はないのかもしれない。実際に彼らは国際試合でその経験をしてきたのだと思うし、日本でアメリカ人選手を相手にしてもいいのかもしれない。ただ、アメリカなら毎試合、毎練習の相手が「壁」になりえるわけで、これから彼らや、彼らに続く選手には、いろんな形で、そういった「ふだんの日本では感じられない壁」を経験をする機会がさらに増えてほしいなぁと思ったのでした。

ファウル

 両方の試合で同じように気になったのが、あっさりとファウルの笛が鳴ること。両方でそうだったのだから、きっとあれが日本のファウルの基準なのだろう。あっという間にファウルがかさんでしまったアメリカ人選手はややむくれ気味だった。彼らは、子供の頃からもっと激しい当たりでも笛がならない世界でやってきたわけだから、その気持ちもわからなくはない。

 話が少し横道にそれるけれど、私の大学(@日本です)はアメリカからの留学生が多く、バスケ部にも必ずといっていいほど留学生が混じっていた。アメリカ人選手の中には、試合になると審判の笛に切れてしまい、あげくの果てには「オレたちがアメリカ人だから差別されている」なんて文句まで言う選手もいた。それも1人だけでなく。それはちょっと違う、と当時は思ったし、今でも思っているけれど、でも、アメリカで長年バスケを見てきて、今は彼らの気持ちが少し理解できる気がする。

 もちろん、彼らは日本に来て日本のリーグでプレーしているわけだから、ファウルも含めて日本の基準に慣れて、適応していくべきだとも思う。ただ、その一方で、日本の選手やリーグには、彼らが戸惑っている基準の違いは、逆に日本人選手が外に出て行ったときに戸惑うことの裏返しなのだということにも気付いてほしいと思う。
 あんなに軽い笛の中で、ファウルを取られることを恐れながらプレーしている外国人相手にプレーしていて、果たして本当に世界基準の選手を育てることができるのだろうか。…とちょっと気になったのだった。

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