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2008年8月24日 (日)

続・準備期間

 きのう(北京24日・LA23日深夜)の北京オリンピック男子決勝戦はお互いに気持ちがこもった、とてもいい試合だった。出だしの笛が厳しかったことで全体にオフェンシブな流れになったけれど、個人的にはミスによって決まる試合よりもプレーが決まって決着がつく試合のほうが好きなので大満足。
 スペインはさすが黄金世代のチーム。層も厚く、さらに下の世代も出てきているので、しばらく世界の頂点をアメリカと争うチームになりそうだ。アメリカ代表も、花の2003年ドラフト組(レブロン、カメロ、ウェイド、ボッシュ)を中心に、ベテランが要所を締め、若手も活躍するいいチームだった。これまでの即席チームだったら崩れてしまっていたところで、踏ん張れるだけのチームになっていた。

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 さて、前回の記事で、アメリカ代表の練習日数自体は以前とそれほど変わっていなくて、あまり多くないという話を書いたけれど、だからといってアメリカが準備不足だったと言いたいわけではない。むしろ逆。選手の身体、疲労を考えて練習日程は最小限にとどめていたけれど(※)、準備自体にはものすごく多くの時間とエネルギーをかけていた。

 たとえば、米代表責任者のジェリー・コランジェロは、2005年4月にこの仕事を引き受けてすぐ、代表チーム作りの方向性を決めるために国際試合を経験した元コーチ、元選手らの経験者を集めてミーティングをし、国際試合ではどんな点が違うのか、向いている選手、コーチは誰なのかなど、彼らの意見を聞き、知恵を拝借した。選手を選ぶ際にも、コランジェロが選手たち(今回の12人だけでなく、候補に入った選手全員)一人一人と会って、チームの方針(3年のコミットメントなど)をきちんと伝え、それに同意するかどうかの確認を取った。ライバル国のスカウティングにも時間と人材を割いていた。

 さらに、ここまでやるのかと驚かされたのは、選手たちに国を代表することのプライドを植えつけるための数々の手段。

 たとえば、2年前のキャンプにはイラクの戦場で視力を失った兵士が来ていた。彼の話は、国のために戦うということがどういうことなのか、選手たちにかなり強い印象を残したようで、それ以来、選手の間から「兵士たちとは比べものにならないけれど、僕らは僕らのやり方で国を代表して戦う」といった表現が聞かれた。
 正直言って、個人的にはスポーツの場に戦争、兵士の話を持ち込むのは抵抗があるのだけれど、ウェストポイント(陸軍士官学校)出身のコーチKらしいやり方だと思うし、アメリカ的だとも思う。←アメリカにいると、いろいろな場面で、一般市民が兵士に対して深い感謝、敬意を抱いているのを感じるのだ。NBAの試合でもハーフタイムなどに招待されている兵士が紹介されると、観客みんなが自然とスタンディングオベーション。消防士に対してもそうなのだが、命を捧げて自分たちを守ってくれている彼らに心から感謝しているのだ。

 今年のキャンプでは、1972年、疑惑の判定でソ連に敗れたときの米代表の一員、ダグ・コリンズを呼んで、当時の経験談を聞いていた。この試合がどれくらい不思議な試合だったかは、ミュンヘン五輪、男子バスケ、決勝戦といったキーワードで検索すれば出てくると思うのでここでは省略するが、当時のアメリカは試合直後に抗議したものの3対2では認められず、自分たちは金メダルをもらうべきだという信念のもと、銀メダルを受け取らなかったのだ。
 当時の話、今でも忘れられない悔しさは、話を聞いた現代表選手たちの心に深く染み込んだようで、きのうの決勝で勝ったあと、試合の解説者としてコートサイドにいたダグ・コリンズのところに米代表の選手全員が近づいて握手をしていた。72年チームの分も"redeem"(名誉挽回)すると言う気持ちだったようだ。

 他にも、6月のミニキャンプのときに練習コートのコートサイドに大型モニターを持ち込んでマービン・ゲイが米国歌を歌い上げた場面(1983年のオールスター@LA)を流したり(チームのスポンサーでもあるナイキが、このときの練習風景の映像を使ってCMを作り上げていた)、チームのメディアお披露目も兼ねてニューヨークで船に乗り、自由の女神を見て、かつて移民だった自分たちの祖先が最初にアメリカの地を踏んだときを思い浮かべたり、コート上での練習とは違うけれど、これもチームが戦う準備だった。

 こういう過程を経てきたからなのかもしれないけれど、今回の代表の選手たちは国を代表する誇りということに関しては、他国の選手にもまったく負けていなかった。たとえばインディアナポリスでの世界選手権やアテネ五輪の頃は、アメリカ選手たちにとってはNBAの続きの試合のような感じで、あまり国の代表に対する熱い想いは感じられなかった。

 選手が揃っているアメリカでも(いや、アメリカだからこそ、かもしれないが)、そんなことにも時間や手間をかけるのかと驚いたけれど、決勝戦を見たあとで考えると、そういったことも今回の代表チーム作りの中でも重要なステップだったと思える。

※結果的には、決勝トーナメントに入ってからの対戦相手、オーストラリア(ボガット)、アルゼンチン(ジノビリ、ノシオニ)、スペイン(カルデロン)はすべて故障者が出て戦力ダウンしたのに対して、アメリカは大会中に故障者が一人も出ずフル戦力で戦えたわけで、作戦成功と言っていいと思う。

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コメント

とっても興味深いレポートありがとうございます。日本に住む友達から今回の日本の野球のチーム作りの疑問についてのメールが会ったばかりなので、このレポートを教えてあげたいと思いました。
決勝戦は本当にいい試合で、金メダルを決めたとき選手たちがあんなに喜んでいる姿を見て、こっちがジーンときました。コービーはいままであまり好きな選手ではなかったのですが、彼のがんばりを今回見て、あまり彼を知らなかったのかな?っとちょっと反省。でもアメリカのオリンピック放送についてはずいぶん不満で、このFinalでさえ8;30pm放送だったのにハワイではbasketballチャネルでしかLIVEで見れませんでした。。。
そのほかオリンピックでの彼らの裏話などあればまた載せてくださいね。楽しみにしています。

投稿: Rico | 2008年8月25日 (月) 00時43分

初めまして。非常に興味深く拝読しました。
今回のアメリカ代表チームはどんなに点差がついても奢らず、また相手を侮らず、非常にタイトなチームディフェンスを試合終了まで続けている印象があったのですが、もしかしたら今回のレポートにあった出来事がチームに非常に高いモチベーションをもたらしたのかもしれませんね。

今回のレポートについてもそうですが、日本に比べて海外のメディアでは、スポーツ選手が病院や孤児院を訪れたり、兵士を慰問したりということをしっかりと伝える意識を持っているような気がするのですが、どう感じてらっしゃいますか?
日本では、スポットで(例えば注目スポーツの一つのエピソードとしてや、長時間チャリティTV番組の感動エピソードとして)取り上げられるだけで、恒常的に伝える意識を感じず、逆に作為的なものを感じることがあります。
話が逸れてしまいましたが、ご意見をお聞かせいただければ幸いです。

投稿: norio | 2008年8月25日 (月) 21時51分

>Ricoさん

確かに今回のオリンピックでの日本の野球チームとも繋がる部分があるかもしれませんね。

ハワイは決勝も録画放映だったんですね。LAもNBC放映の試合は全部録画放映で、ライブより2~3時間遅れだったのですが、この決勝戦だけは苦情がきたのか、直前になってライブ放映に変更になっていました。そりゃそうですよね。ライブでやれば夜11時半から、録画だと夜中2時半か3時半から。視聴率的にもライブでやったほうが絶対に高いので当然の判断だったとは思いますが。まぁ、今回はBasketball Channelのおかげで、そういった不満もだいぶ我慢できました。

>norioさん

病院や孤児院の慰問などについては、メディアだけでなく社会全体の意識が日本とアメリカではだいぶ違うのではないかと思います。アメリカは、スポーツ選手に限らず、寄付とかボランティア、慰問といったことを日常的に行っている人も多いですからね。

スポーツ選手の活動の報道に関しては、メディアに向けての情報提供面の違いもあるかもしれません。日本ではそういう活動は宣伝するものではない、ひっそりとやるものだという意識がいまだ根強いように思うのですが、アメリカでは選手やチームが自ら基金(がん患者のための基金とか、恵まれない子供のための基金とか)を作って、選手自ら広告塔になることでその基金への寄付を集めて社会貢献しようとするケースが多いんです。そうなると、必然的にメディアに対して、活動の情報提供も増えるんですよね。

投稿: 陽子 | 2008年8月27日 (水) 13時55分

いつも拝見させて頂いています。非常に興味深い内容ですね。私も仕事でアメリカにいました。時にアメリカ人の愛国心の強さは、正直うんざりする事も多々あるんですが、今回のアメリカチームにはいい方向に出ましたね。北京五輪の男子決勝は歴史的な好ゲームでしたね。アメリカチームに執念があった。必死に戦ったという意味で感動しました。観光気分であればスペインには勝てなかったですね。スペインチームは本当に強かったですね。さすがに世界選手権の優勝チームですよ。
あの優勝がまぐれでなかった事が証明されましたね。

思えば、初代ドリームチームの対戦国は、試合後マジック・マイケルジョーダン等のスター選手達と写真撮る事の方が、試合より大事な事に思えました。当時は勝負する前から結果は見えてましたから。今回のスペインチームは本気で、アメリカに勝ちにいったんですから。時代は変わったなと思いました。

今回の歴史的な好ゲームを見て二つの事を感じました。一つ目は、改めてバルセロナ以降の各国の成長は著しいなと思いました。二つ目はサッカー大国はバスケでも大国になる事が証明されたと思います。ヨーロッパ・南米諸国の選手は、恐らく子供の時に草サッカーをして遊んでると思います。子供の時にサッカーを通じて、バスケに必要な要素が自然と身につくんではないかなと思っています。だからアメリカの選手に比べて、バスケを始めるのが遅くても、アメリカと対等に戦えるレベルになるんだろうなと思います。ストリートバスケで育ったアメリカ人選手と、草サッカーで育ったヨーロッパ・南米の選手が、大人になってバスケットで真剣勝負をする。すごく面白い構図ですよね。次のトルコ・世界選手権、ロンドン五輪が今から楽しみです。またこれからも応援していますので、面白い話を聞かせてください。

投稿: 増田康幸 | 2008年9月 2日 (火) 11時28分

>増田さん
コメント、ありがとうございます。

>時にアメリカ人の愛国心の強さは、正直うんざりする事も多々あるんですが

わかります。私が一番うんざりするのは、国際試合で、自分たちが圧倒的に優勢になるといきなり"USA!"の合唱を始めること。チームが負けていたり、苦戦したり、応援が必要なんじゃないのって思う場面ではシーンとしているのに、勝ちが決まったあとにいきなりこの合唱を始めることが多くて。意識してか無意識なのかはわかりませんが、あの強さを誇示するようなタイミングでの"USA!"は、何年住んでいても馴染みません。
(今週開催されていた共和党の党大会の演説中にも"USA!"と響いたのには苦笑いでした)

ただ、アメリカは基本的に他民族国家、移民国家だから、国旗とか国歌とか、あるいはスポーツとか、そういったことで愛国心を表に出して、一つにまとまったという気分になることがけっこう大事だったりするんだろうなとも思います。だから、うんざりしながらも、これがこの国なのだからしかたないと思うようにもしています。

#何年も前にそういう記事を書いたことがあり、Duniaというウェブマガジンのサイトに掲載されていたのですが、今確認したら、どうやらDuniaが掲載されていたニフティのフォーラムサービス自体が終了してしまったようでリンク切れになってしまってました。時間に余裕があるときにでも、また別の形で掲載することを考えます。

サッカーとバスケの関係、確かに繋がりはありそうですね。NBAでも子供の頃にサッカーをやっていたという選手は、サッカーとは無縁だった選手とはまた違ったボディバランスやリズムを持っているような気もします。

投稿: 陽子 | 2008年9月 4日 (木) 21時12分

>陽子さん

返信ありがとうございます。

僕は他の多民族国家(オーストラリア・ニュージーランド・シンガポール)にもいましたが、アメリカほど国家・国旗の好きな国はないですね。他の多民族国歌と比べても、異質ですね。

以前タイムズスクエアー付近で、アフガニスタンの空爆に賛成するデモ隊と、空爆に反対するデモ隊に遭遇しました。私は偶然空爆に賛成する側を歩いていたのですが、彼らは"USA"の大合唱と、空爆に反対するデモ隊に対して、とてもここで書ける内容じゃない事を罵っていましたね。正直怖かったですね。慌てて列から、離れたのを覚えています。"USA"の大合唱は呪文ですよ。僕には一種のカルト集団みたいに見える事があります。この呪文が好きなのが、特にCAUCASIAN・DEEPSOUTH・REPUBLICAN・PROTESTANTの人々が強すぎる愛国心もってますよね。

アメリカ人は愛国心を唱えながら、NBAの選手がテロを怖がって、五輪に参加したがらなかった。事情は理解出来ます。彼らはある意味アメリカの象徴みたいですし、ターゲットにされても不思議じゃないですしね。それにNBAのアメリカ人選手全員が、デビッド・ロビンソンではないですからね。今回のメンバーはテロの恐怖に負けずに、初めて国の名誉の為に戦ったと思いますよ。それは評価出来るのではないですかね。これぐらいのメンバーでないと圧勝どころか、優勝すら出来ないですよね。今回の五輪の優勝はアメリカにとっても、大変意義のある大会だったと思いますね。

投稿: 増田 | 2008年9月 5日 (金) 03時33分

>増田さん

愛国心って、それ自体は悪いものではないと思うんですけれど、他国への敬意を持たずに、ただ単に自分たちがナンバーワンっていうだけの愛国心はダメですよね。

これは記事には書きませんでしたが、今回のアメリカ代表は、選手たちに愛国心を植えつけると同時に、対戦相手に対すて敬意を持つということも強調していました。何度か痛い思いをして(試合に負けて)、選手やコーチたち自身が他国の力を認めるようになってきたというもあると思いますが、それだけでなく、チームとしてどんな国が相手でも軽視したり見下すのではなく、敬意を持ち、どんな相手に対しても本気で勝つために戦うということを徹底していました。今回のアメリカ代表の愛国心がいい方向に出たのは、そういう側面もあったのだと思います。

投稿: 陽子 | 2008年9月 7日 (日) 17時49分

>陽子さん

僕も愛国心は必要だと思いますよ。特に大きなスポーツイベント(五輪やサッカーのワールドカップ)では。選手のモチベーションを上げますからね。


近年のヨーロッパ・南米諸国の五輪や世界選手権での成功の影には、彼らの愛国心の強さが成功の秘訣なんじゃないかなと思っています。ヨーロッパ・南米諸国は、言わずとしれたサッカー大国ですよね。サッカー選手が国の誇りの為に必死にプレーをする。国民も選手と同じ気持ちになって、応援するというより、選手と一緒になって、戦ってますよね。そういう姿を当然バスケットボール選手も見てるし、触発されてる部分はあると思うんですよ。サッカー選手の様に国の為に戦いたいという気持ちが、強いと思うんですよ。愛国心が、大舞台での、選手達の最高のパフォーマンスを引き出す要因になってるんじゃないかと思ってます。サッカーの影響で、アメリカ人より、ヨーロッパ・南米選手の方が、代表チームに対する、思い入れが強いのかなとも思います。

元世界ナンバー1のテニスプレーヤー、ジョンマッケンローは、世界のトーナメントで大活躍しました。でも彼が一番活躍したのは、個人的には国別対抗戦(デビス杯)だと思いますよ。当時世界のトップ選手は、アメリカ人に限らず、国別対抗戦を辞退する傾向にあった中、彼は国の誇りの為だけにプレーしましたね。彼の言動は確かに問題はあったけど、僕は彼の愛国心には敬意を払いますね。

スポーツは、ルールのある戦争だと思います。
愛国心がなければ、いくら技術があっても勝てないですよね。

今回のアメリカチームは国の誇りの為に戦いました。陽子さんに教えていただいたように、相手を侮辱する言動や態度が全くありませんでしたよね。好感の持てる選手だったと思います。
(ラリージョンソンがカナダの世界選手権で、ダンクを決めた後のパフォーマンスは、下品極まりなかったですね。私のカナダ人の友達で、バスケが嫌いな理由が、LJのパフォーマンスを見てからと言ってました)

投稿: 増田康幸 | 2008年9月 8日 (月) 03時15分

>増田さん

>サッカー選手が国の誇りの為に必死にプレーをする。国民も選手と同じ
>気持ちになって、応援するというより、選手と一緒になって、戦ってますよね。
>そういう姿を当然バスケットボール選手も見てるし、触発されてる部分は
>あると思うんですよ。

確かに、サッカーはワールドカップという、国のために戦う大舞台がありますし、そうかもしれませんね。

まぁ、アメリカは国内四大リーグのエンターテイメントとしての完成度も露出度も高いですし、世界中から選手が集まってくるくらい成功しているので、スポーツへの興味が国内で満たされてしまっているっていうのも大きいだろうと思います。

投稿: 陽子 | 2008年9月 9日 (火) 20時27分

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