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2009年1月の記事

2009年1月21日 (水)

ミシェル・オバマの兄&ジョーダン息子

 きのうのオバマ大統領就任式は、NBA選手の間でも注目で、就任式をテレビで見られるように早めに移動したり、オフにしたチームもいくつかあったようだ。

 さて、11月の記事で、ミシェル・オバマ大統領夫人の兄が、オレゴンステイト大の男子バスケットボール・ヘッドコーチだという記事を書いたのだけれど、そういえば、あのときはパソコンが修理中で写真をアップしていなかったことを、きのう、就任式の中継を見ながら思い出した。
 というわけで、大統領就任式を記念して(?)、ロビンソンコーチの写真を掲載しましょう。2007年2月、当時ブラウン大のヘッドコーチをしていたときの写真(ブラウン大@コロンビア大)です。
 左の写真で松井啓十郎選手(水色ユニフォーム)の左側、ブラウン大のベンチ一番端にいるのがロビンソンコーチ。右の写真は、別のカットから、ロビンソン・コーチだけ抜き出してみました。ロビンソン・コーチを狙った写真ではないので少しぼけているけれど、ミシェル・オバマ大統領夫人と似た目元がわかりますか?

P1180903s_2  P1180830s

 大統領&バスケ関連のトリビア話ついでに、ミシェル・オバマはシカゴのウィットニーヤング(Whitney Young)高校出身。きのうの就任式パレードでも、オバマ大統領が卒業したハワイの高校に続いて、ウィットニーヤング高校のマーチングバンドが踊りながら行進していて、ミシェル夫人もそれを見ながらノリノリで身体を揺らしていた。
 そのウィットニーヤング高校、バスケットボールにも力を入れていて、毎年のようにシカゴでも上位に入ってくる強豪校(卒業生には、現ニックスのクィンティン・リチャードソンなどがいる)。昨シーズンからこの高校でプレーしているのが、マイケル・ジョーダンの次男、マーカス・ジョーダン。つまり、マイケル・ジョーダンの息子がミシェル・オバマの後輩というわけだ。
 マーカスは郊外の私立高校から昨シーズンの前に、自らの意思でこの高校に転校。同じ高校でスターだった兄、ジェフリーの影から抜け出したかったからと言われているけれど、たぶん、郊外よりも競争が激しい市内の公立リーグで高いレベルの試合をしたかったというのもあるんじゃないかと思う。現イリノイ大で控えとしてプレーしている兄(MJの長男)、ジェフリー・ジョーダンよりもサイズが一回り大きく、有望と言われているけれど、進学先はまだ未定。

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2009年1月17日 (土)

オオモノ

 たまには、こんなネタもいいかな。

 きのうのオーランド・マジック@ロサンゼルス・レイカーズの試合前のこと。
渋滞のため、マジックの2台目のバス(主力選手たちが乗ったバス)の到着が予定より30分くらい遅れて、試合開始の1時間前になってようやく到着した。

 到着してから試合前のチームミーティングまで、いつもなら1時間前後あるところが、きのうは30分あるか、といったところ。その間に選手たちは着替えてテーピングを巻き、人によっては取材に答えて、軽いシュート練習をするのだから大忙しだ。ましてや、この日は東西の上位対決ということで、全米放映される注目の一戦。ロッカールームに到着すると、選手たちはすぐにユニフォームに着替え始めた。

 そんな緊迫した(?)中、どこからともなく、プ~~という音。

「これは、もしや?」と思ったら、ドワイト・ハワードが「あれれ?」と言いながら、続けてプップッと音をさせた。

…どうやら、P1240340s_4ドワイト、着替えるために動いていたら、オナラが出てしまったらしい。

 それでも、さすが大物天然のドワイト。テレビ・カメラを含めた大勢のメディアの前でのことだったというのに、カッコつけることなく、悪びれる風もなくガハハと笑って、「みんな、少し下がったほうがいいかもよ」とまわりに警告(笑)。

 ちなみに、このあとの試合で彼は25点、20リバウンド、3ブロックと、試合前とは別の意味で「まわりを寄せ付けない」大活躍で、チームを109対103の勝利に導いたのだった。正真正銘の大物です。

(写真は去年2月のオールスター練習時に撮影)

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2009年1月15日 (木)

NBAこぼれ話(AIの背番号、マイルス復帰 etc)

最近のNBA取材から、原稿に書ききれなかった話などをいくつか。

■ アイバーソン
 ナンバー次号(1/22発売、721号)のNBA Scorecardで取り上げたのはアレン・アイバーソン。背番号に関係したコメントを入れたのだけれど、実はあのコメント(1/22以降にコラム本文で見てね)には続きがあった。デトロイトにトレードになった後に、1番をなぜ選んだのか。

「1番をつけたことがあるのはレックリーグ(レクリエーション・リーグ=子供の頃に地域で入っていたリーグ)のときだけだ。なぜ1番をつけているのかとよく聞かれるんだけど、3番以外に唯一つけたことがある番号だからなんだ。だから、この番号にするしかないと思った」(ご存知の方も多いと思うけれど、一応念のため書いておくと、これまでつけていた3番は、すでにロドニー・スタッキーがつけていて選べなかったので、他の番号を選ぶ必要があったのだ)

■ ダリアス・マイルス
 これはHOOP次号(1/24発売)のHoop Scoopで取り上げました。今、旬の話題ですね。記事ではブレイザーズ中心で書いたので、ここではダリアス・マイルス側から。

 細かいいきさつは書き始めるときりがないので省略するけれど、ブレイザーズがマイルス引退扱いで受けていた特例が取り消される10試合出場まであと1試合。10日間契約した選手は試合に出る確率が高いので(この時期に、試合に出ない選手を10日間契約する意味はないですからね)、たぶん、明日1/16の試合で到達するんじゃないかと思う。

 これは、記事でも触れたのだけれど、この「10試合」というのは、どの記事でももっぱらマイルスのサラリーがブレイザーズのサラリーキャップに戻る条件として書かれているけれど、実はそれだけではなく、とある情報源から聞いた話では、マイルス側も10試合に出るメリットがあるらしい。引退扱いの場合は(契約の条項により)契約金の80%しか受け取れなかったのだけど、10試合に出て、引退選手扱いではなくなった時点で、残りの20%ももらえるようになる。ブレイザーズとの契約は残り1800万ドルだったので、その20%と言うと360万ドル。これだけで豪邸が1件買える値段だ。なので、実はマイルスも密かに、まずは10試合に出ることを目標に復帰の努力をしていたらしい。

 彼の場合、一番の問題は地道な努力をし続けることができるかどうかなので、目の前にあった360万ドルという「ニンジン」を手に入れたあと、どれだけ完全復帰に向けての努力をしようというモチベーションを保つことができるのかも気になる。まだ若いし、手術した膝の怪我はすでに完治していて、あとはコンディショニングの問題だけらしいから、本気で努力し続ければまだ何年もNBAでプレーできる選手だと思うので、頑張ってほしいな~。

■ “クラブ(蟹)”ドリブル
 1月頭、キャブス対ウィザーズでのレブロン・ジェイムスのトラベリング事件に関連して。これはそのうち記事で取り上げようかなと思いつつ、まだ書いていないので簡単に。

 毎年、シーズン頭に、審判が各チームをまわり、新シーズンからのルール変更や、解釈の仕方の変更などを説明してまわるのだけど、その説明会があった直後のレイカーズのロッカールームで、ジョーダン・ファーマー、アンドリュー・バイナム、トレバー・アリーザの3人が、このムーブはトラベリングなのか、これはどうかと、アシスタントコーチのブライアン・ショーに確認している場面に遭遇した。
 その中のひとつに、今回のレブロンと同じようなステップ(ドリブル後にボールをキャッチしてから3歩ステップでシュート)があって、ファーマーは、それがトラベリングだということがどうも理解できないようで、「これだよ、これ。これでもトラベリング?」とショーに何度も確認して、そのたびに「トラベリングだ」と言われていた。
 ドリブルを止めてからのステップは二歩までというのは基本中の基本だと思っていたのだけど、トラベリングが緩かったNBAを見て育った弊害なのか、子供の頃から自己申告のストリートで身についてしまったのか、彼らの感覚は少し違うんだな~と思って見ていた覚えがある。今回、レブロンが試合後、ビデオを見た後でも「何度見てもトラベリングではない」と主張していたのは、もしかしたら、単にミスを認めたくないというよりも、そのあたりの基本的な感覚が違うせいなのかも。

■ コートサイド2景
(その1) もう1ヶ月前の、少し古い話だけど、ニックス@レイカーズに、ニックスのステフォン・マーブリーが私服で登場。レイカーズに直接連絡してきてチケットを頼んできたらしいけれど、レイカーズが用意したチケットはニックスのベンチの対角線上付近、つまり、コートサイドの席の中ではニックス・ベンチから一番遠いエンドライン一番端の席。そこから数席離れたコートサイド席には、ニックス・ファンのスパイク・リーがいた。この2人は試合前に話しこんでいたらしいけれど、その場面は見逃した。
 マーブリーは試合のハーフタイムには、ニックスの番記者を中心に囲み取材を受けていて、どうも、あまりにあっけらかんとした態度に、LAを拠点とする(マーブリーを普段取材していない)記者たちはあっけに取られていた。

 ついでに、スパイク・リーの数列後ろのあたりは、オーナー娘でフィル・ジャクソンの恋人のジニーさんとそのお友達の席。このジニーさん&お友達は、いつも賑やかで、笑いが絶えずに、見ているだけでとても楽しい。この日も、しきりとマーブリーやスパイクに楽しそうな野次(声までは聞こえなかったので想像)を飛ばしていた。

P1000196s_3 (その2) 年末あたりから、カティーノ・モブリーが週末のクリッパーズの試合を見に来ている。年末は子供を2人連れて、先週末は子供抜きで、どちらのときも、クリッパーズのオーナー、ドナルド・スターリンの席(コートサイドのセンターライン付近の特等席)から見ていた。試合途中でスクリーンに映されるとファンからも激励の拍手。クリッパーズからニックスにトレードになった直後に心臓病が発覚して引退となってしまったモブリーだけど、何はともあれ、元気そうな姿を見ることができて一安心。

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2009年1月 5日 (月)

サウスケント・レポート(2008年12月) その3

 スラムダンク奨学一期生として去年4月からサウスケントに留学している並里成選手のレポート第3弾は、チームのこと、彼自身のプレーのことなど、バスケ関連の話。それから、オマケとしてスラムダンクの海外での人気がうかがえるエピソードを。

■ バスケ

P1040425s_2  並里選手にチームメイトの印象を聞くと、「みんないい人で、なじみやすくて、やりやすい。バスケット的にも派手な選手はいないんですけれど、地道にがんばる選手がいる。自分が思った感じよりまじめ」とのこと。どうやらアメリカだから、フリースタイルで派手なプレーをする選手がいるに違いないと思っていたら、そうではなかったらしい。逆に並里選手のほうが、まわりから「And 1のようなプレーをする!」と言われているようだ。

 チームのポイントガードは並里を入れて3人。コーチによると、「3人ともとてもいい選手で、それぞれに持ち味が少しずつ違う」とのこと。
 開幕戦からスターターとして出ているのは、身長が185cmと最も高く、バスケットボール感覚が優れているアルゼンチン人のリサンドロ(英語はペラペラで、すでにマイアミ大にP1040395s入ることを口頭で約束している)(写真で並里とマッチアップしているのがリサンドロ)。もうひとりは、3人の中では最もシュート力があるアンカレッジ出身のアンソニー。そしてボールハンドリング力に優れ、攻守にスピードを生かしたプレーができる並里。確かに国籍もプレースタイルも三人三色だ。

 並里は、3人の中では一番小さいけれど、ボールハンドリング力とパス能力に長けていて、攻守にスピードを生かしたプレーを得意とするところが評価されている。ただし、まだ、試合の流れの中で瞬時に英語でコミュニケーションする力がないのと、華やかで会場が沸くようなプレーをする一方でターンオーバーを犯すことも多く、そのあたりがリサンドロとのプレータイムの違いとなっているようだ。
 そのあたりのことを含め、並里選手自身が、チーム内での自分の立場や問題点について思った以上に理解していたのには感心。コーチも「彼は賢い選手」と認めてくれているので、あとはシーズンが終わるまでの残り2ヶ月の間に、どれだけ対応し、自分を証明し、プレータイムを勝ち取っていけるいけるかに期待したい。

【追記】ビジネスジャンプの記事が奨学金サイトに掲載になりました。
http://slamdunk-sc.shueisha.co.jp/data/namisato_vol2.pdf

■ オマケ(スラムダンク人気&オデン)

P1040536s  アルゼンチン人PGのリサンドロは、アルゼンチンにいた頃から漫画「スラムダンク」のスペイン語版を読んでいて、大ファンなのだとか。井上雄彦さんを前にして、「会えて光栄です!」と握手を求めていた。井上さんいわく、スラムダンクは、かなり早いうちにスペイン語の翻訳本が出たのだそうだ。機会があったら、NBAにいるスペイン人やアルゼンチン人選手にも、スラムダンクを知っているか聞いてみようかな。
 サウスケントでは、リサンドロだけでなく、韓国や台湾などアジアの国々からの留学生たちも井上さんのまわりに集まって、サインや質問攻め。日本だけでなく、本当に世界中で人気の漫画なんだな~と実感。

P1000074s  サウスケントに行く前に寄ったNYでは、紀伊国屋にも行ってみた。ここには井上さんが壁に描いたバガボンドの絵がある。これだけ大きな絵を描くのは大変だと思うのだけど、実際に絵を描くところも公開したというからスゴイ。井上さんが色紙に絵を描くところは何度も見たことがあるけれど、下書きもなく、サササっと描きあげてしまう。さすがにあの大きさだと下書きくらいはしたのだろうと思って井上さんに聞いたところ、途中で何度も後ろに下がってバランスは確認したけれど、下書きはなしだったとか。

 もうひとつスラムダンク関連の話。NYではブレイザーズ@ニックスの取材に行き、試合後にはビジター・ロッカールームのグレッグ・オデンのところへ。実はオデンは去年夏、「スラムダンク」英語版の宣伝のためにサンディエゴで行われたコミックコンベンションでサイン会などを行っていたのだ。この日、別行動だった井上さんからの「コンベンションの出演ありがとう」の伝言を伝えたところ、オデンは「彼にも、ぜひよろしくと伝えておいて。あれはとても楽しい経験だった。写真撮影の間に読んでいるポーズをとっている間に、本気で読み始めてしまったよ」と言っていた(コンベンション直後のオデンのブログにも同じことが書いてありますね。また、ここには、"Slum Dunk"をつい読みふけってしまっている(?)オデンの写真がありました)。
 井上さんいわく、オデンはマンガ好きということで抜擢したのだそうだ。ただし、本人にマンガ好きなのか聞いたら、「少し読むけれど、たくさん読むというほどではない」とのこと。アメリカではマンガは子供の読むものというイメージがあるので、少し見栄を張った可能性もあるかも?

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2009年1月 4日 (日)

サウスケント・レポート(2008年12月) その2

 きのうアップしたサウスケント取材話の続き、第二弾です。
(「その1」を読み直してみたら、最後が少し説教クサくなってしまってましたね。そんなつもりはなかったのだけれど。まぁ、せっかくの機会なので、最大に生かしてほしいなという気持ちから出たものだということでお許しを)

 「その2」は、これから応募しようかなという人たちにとって、留学先でどんな生活を送るのか、具体的なイメージを思い描いてもらえるように、現在、並里成選手がサウスケントでどんな一日を送っているのかという話と、アスリートにとっては大事な食事の話。

■ 毎日の生活

 寮生活だけに、毎日、かなり規則正しい生活を送っているようだ。並里選手によると、試合のない日の一日はこんな感じ。自由時間には、チームメイトたちといっしょにゲームをしていることもあると、コーチ談。

P1040336s_2   7時        起床 
  7時~7時半   朝食
  7時45分     朝会
  8時~昼     授業
  12時~      昼食
  13時~      授業
  15時半~17時半  練習
  18時前後     夕食
  19時頃~     ウェイトトレーニング(2日に1回)
  20時~22時    自習&補習
  22時~      自由時間→就寝

 相変わらず寮には湯船はなく、遠征にでたとき以外は風呂に入って身体のコンディションを整えることはできないようで(前回のレポート参照)、日本のもので恋しいものを聞くと、今回もまっさきにお風呂とお米のご飯(下参照)をあげていた。

■ 食事

P1250655s (左の写真は4月に行ったときに撮影)

 食事は3食、学内のカフェテリアで食べることができる。というより、とにかくまわりに何もないところなので、車で動き回ることができない生徒たちにとっては、カフェテリアと、週に一度近くのスーパーで買出してくる食料だけが命綱。←少し大げさだけど、本当にそうなのだ。

 並里選手は、アメリカの食事でも美味しく食べてはいるそうだ。ただ、油っこいものが多いからか、日本にいたときほどたくさん食べられないのだとか。
「美味しいんですけれど、お腹いっぱい食べられないです。特に朝(の食事)って大事じゃないですか。朝に油ものとかが出る(のが困る)。ソーセージとかハムや、ハッシュポテトとか」(並里) 

 日本のもので、一番食べたいと思うのは米のご飯だとか。
「日本食、米が食べたいです。米に何か(のりや味噌汁など)がついていればいい」
 サウスケントは韓国系の留学生も多いからか、カフェテリアにも大きなジャーがあって、ご飯が用意されているのでご飯には不自由しないと思っていたのだけれど、どうやらこのご飯はパサパサであまり美味しくないらしい。実家から送ってもらったレトルトのご飯とインスタント味噌汁は貴重品で、夜にお腹がすいたとき(夕食が早いので)には、寮の電子レンジで温めて食べているらしい。

 明日更新予定の「その3」は、いよいよバスケの話です。

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2009年1月 3日 (土)

サウスケント・レポート(2008年12月) その1

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 さて、今さらながらだけど、12月に予告だけしておいておきながら後回しになっていた12月頭の取材の話を。

 行ったのは東海岸、ニューヨークと、そのお隣、コネチカット州サウスケント。スラムダンク奨学金でサウスケント校に留学している並里成選手の取材が目的だった。今回も、前回同様に井上雄彦さんや、奨学金スタッフに同行させてもらった。
 このときの記事は1/7発売のビジネスジャンプ新年3号に掲載になるのだけれど、記事では書ききれなかったこともたくさんあるので、ここではその中からいくつかトピック別に書いてみようと思う。
(長くなったので3回に分けます)

■ 英語

P1040454s_2  サウスケントを訪れたのは8ヶ月ぶり。並里選手はその間にサマーキャンプに出たり、ホームステイをしたり。9月からは学校の新学期が始まり、10月にはいよいよチームとしての活動も始まっている。すべてが順調と言うわけにいはいかず、英語力が勉強面でもバスケをやるうえでも大きな壁になっているようだ。それでもサウスケントでの生活を楽しんでいるようで、「来てよかった」と言っていたのには一安心。

 まぁ、英語で苦労することは、ある程度は予測できたこと。私も高校時代に一年間海外で過ごしたのでわかるのだけど、高校生以上になると、1年くらい英語環境の中で暮らしただけでは英語ペラペラにはならない。一年もいれば耳は慣れてきて、まわりの人が話す内容はだいぶわかるようになり、少しだけネイティブっぽい発音を真似できるようになるけれど、実際に話すときはまだ頭で考えながらでしどろもどろ。1年を終えて、2年目に入る頃から、ようやく耳で聞いてきた言葉が、頭で考えなくても出てくるようになる…というのが、平均的な留学生の英語力の進化だと思う。

 ま、最初からコミュニケーションも勉強も問題がないようなら、プレップスクールに行く必要はなく、まっすぐ大学に進めばいいわけで、英語を身につけ、学力を上げる期間のサポートとしてこの奨学金があるのだ。とはいえ時間には限りがあるわけで、並里選手も今回、だいぶ奨学金のスタッフや井上雄彦さんからハッパをかけられていた。
 前から何度も書いているけれど、日本人選手がNCAAでプレーするときに一番の壁となるのはプレー以上に英語力&成績。最初から本気で取り組まないと、奨学金の期間もあっという間に過ぎてしまう。大事なのは、奨学金での留学期間が終わったときの選択肢ができるだけ多くなるように努力することだ。
 これは、並里選手だけでなく、今後の奨学生についても同じことが言える。奨学金をもらえても、決してその先が約束されているわけではない。奨学金の期間を最大限に生かすために、実際に留学する前から少しでも英語力をつける努力をしていてほしいと思う。

P1040350s ※ちなみにスラムダンク奨学金では現在、第3期生を募集中(1/30必着)。アメリカで自分の力を試してみたいという志ある高校2年生は、ぜひ応募してほしい。1期生、2期生と日本代表クラスの選手が選ばれたこともあって、日本代表に選ばれるくらいでないとダメだと諦めている人もいるかもしれないけれど、個人的には、そんなことではくじけないくらいの気概ある選手の応募があるといいな~と思う。ちなみに、これは私が思うだけでなく、奨学金スタッフの人たちの間からも同じような意見が出ていました。

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