« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月の記事

2009年8月10日 (月)

天津レポート(2)

 天津でJ-Sportsレポーターとしてアジア選手権を取材中の吉田暁央アナウンサーから、天津ABCレポート第二弾が届きました。吉田さん、お忙しいところ、ありがとうございます! ちなみに、吉田さんいわく、「慣れると天津は住みやすいところです。物価は安いし、食べ物はおいしい」だそうです。

* * *

吉田アナ・天津レポート第二段

S

 アジアバスケもいよいよ2次リーグに突入。日本はもうひとつ波に乗れないまま2次リーグ最初の相手、イランにも負けてしましました。相手の高さに圧倒されたのかもしれませんが…。あと2試合は絶対負けられない試合になりました。

S_2 S_3

 前回は観客のいない天津体育館の写真を送りましたが、中国戦ともなると会場内は大声援に包まれます。改めて中国でのバケットボール人気の凄さに驚かされます。

S_4

 中国美人も顔に国旗のシールを貼って応援です。誰の写真を撮っているんでしょうか? 場内には美人が多くついつい試合を追うのを忘れてしまいそうです(笑)。

S_5

 さて、今回のABCは2つの会場で開催されています。
第2会場は南開大学体育館。この大学は周恩来さんの出身校だそうです。

S_7

 2週目からはこの会場で13~16位の決定トーナメントが行われています。
天津体育館では19時から中国戦が行われますがあえて南開大学に行ってみました。カードはスリランカ対ウズベキスタン戦。観客はまばらでスタッフや警備の人たちの姿かめだちます。しかしコートでは選手たちが熱戦を繰り広げていました。

* * *

 吉田さん、ありがとうございました。日本の次の2試合の相手はクウェートと台湾。2試合とも勝ってやっと決勝ラウンド進出の可能性が出てくる、という厳しい状況なので、なんとしてでも2連勝で希望を繋いでほしいものです。

 ちなみに、私もFIBA TVでイラン戦を見ました。たまに映像が止まるのと、解説は一切なしなのが物足りないですが、まぁ、年間30ドルですから、あまり文句も言えません。
 この試合で見た日本代表は、特に前半の動きは1次ラウンドよりもよくなってはいた(パスを出す先を探しているときでもゴールを狙っている感じで、それそれ、と思ってました)と思うのですが、20点差~30点差に開かれたあたりでやや集中力が切れてしまったという印象。あと気になったのは、個々のプレーがあまりに素直すぎるところ。もうちょっと嫌らしいプレーをしてもいいと思うんだけれどな~。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2009年8月 8日 (土)

タイミング

P1070005s  中川和之が、JBLの三菱電機ダイアモンドドルフィンズ入りを発表した。彼のブログによると、Dリーグからもドラフト候補選手として契約のオファーがあったというが、それを断っての三菱入りなのだという。それを聞いて、今まで何年もかけてアメリカ挑戦をしながら、なぜDリーグのドラフト候補に入るチャンスをみすみす逃すのかと思った人もいることだろう。

 中川は去年の夏から秋にかけて、「今年がアメリカ挑戦の最後。ここでDリーグにも入れなければアメリカ挑戦は諦める」と言っていた。ところが、去年は夏前の故障の影響もあってDリーグ入りはならず。秋のチームトライアウトではかなりいいところまで行ったらしいが、それでも結局はDリーグには入れず、bjリーグでプレーした。
 そして今年6月、今度はDリーグに入るためではなく、単に選手としての実力を磨くためにDリーグ・プレドラフトキャンプに参加。その結果、去年は得られなかったドラフト候補としての契約オファーを得たわけなのだから皮肉なものだ。

 それにしても、たとえ去年の時点でアメリカ挑戦は諦めたと宣言していたにしても、Dリーグからのオファーがあったら受ければいいじゃないか、なぜ去年は目指していたものを今年は断るのか、と思う人もいるだろう。

 実は、今年6月、プレドラフトキャンプを見に行ったときに、中川に「もし、これでDリーグからオファーがあったらどうするのか?」と聞いてみた。去年よりコンディションがよく、いいプレーも見せていたので、まったく可能性がない話ではないと思ったのだ。しかしその時点で中川は、きっぱりと、「それでも今回は受けるつもりはない」と言っていた。
 それには理由があった。労働ビザだ。去年までの中川は、以前取った選手としての労働ビザを持っていた。その期限が切れる前にDリーグに入りたい、というのが、去年「最後の挑戦」と口にしていた大きな理由だったのだ。
 もちろん、Dリーグのロスター入りすればDリーグで労働ビザを取ってもらえる可能性はある。実際、田臥もDリーグの選手として労働ビザを取ったこともあった。とはいえ、あのときの田臥はすでにNBA経験があり、Dリーグでも経験がある選手だ。今の中川とは立場も違う。Dリーグ経験もなく、Dリーグチームのロスターに入るかどうか、ぎりぎりの線上にあるぐらいの選手である彼に対して、Dリーグが時間と経費をかけて労働ビザの手続きをしてくれるのか。手続きをしてくれたとして、申請してから許可が下りるまでにどれぐらいの日数がかかるのか。そういったことをもろもろ考えると、あまり現実的な選択肢ではない、そう中川は判断した。
 これが、Dリーグではなく、NBA入りのチャンスだったらまた考えも違っただろう。中川にとってのアメリカ挑戦は最終目標は常にNBAであり、DリーグもNBAへの入り口として選んだ選択肢だったのだ。
 言ってみれば、タイミングがほんの少しだけずれてしまっただけ、とも言える。それでも、ここできっぱり諦められるのは、ここまで彼が本気で挑戦してきたからなのだろう。彼の選択をもどかしく思う人もいるかもしれない。「そんな細かいことはあとから考えればいいから、とりあえずチャンスがあるならやってみればいいのに」と思う人もいるかもしれない。しかし、何年もアメリカでやってきた彼だからわかる現実もあるのだ。
 同じようなことは、コロンビアを出てレラカムイに入った松井啓十郎にも言える。ノースカロライナ大ではなく、コロンビア大を選んだときの選択(このあたりのことを含めて、彼の大学4年間については月刊バスケットボール10月号に記事を書いてます)、そしてコロンビアでの4年を終えた後にレラカムイに入るという選択。アメリカで、高校時代にトップのレベルも経験したからこそ、彼はそういう選択をしたのだと思う。
 遠くから見ていると、目標は近くに見えるように錯覚することがあるが、実際に中に入って経験する選手たちは、その距離を身をもって実感しているのだ。

 そういえば、NBAサマーリーグの頃、ラスベガスで、とある人と日本人選手がNBAに入る可能性について話したことがある。この夏も、何人かの日本人選手たちがNBA挑戦を口にし、実際に行動に移していたけれど、現実的にどれぐらいの可能性があるのか。個人的な意見だが、正直なところ今の時点ではどの選手の可能性も10%もないと思っている。数字として出してもあまり意味がないと思いながらあえて書いてしまうと、現実的に考えると、今挑戦している日本のトッププレイヤーたちでも1%~5%ぐらいではないかとすら思う。
 だから、その現実を感じて別の道を選んでも、それはそれで悪い選択とは私には言えない。ただし、常に上達したい、成長したいという気持ちだけはどこに行っても持ち続けてほしいと思うけれど。

 最後にひとつ記しておきたいのは、これは、可能性が低いとわかっていながら(あるいはもしかしたら現実よりも可能性が高いと思い込んで)NBAに挑戦する選手たちに「現実を見たほうがいい」と言うつもりで書いたわけではないということ。それだけ厳しい中で、厳しいとわかりながら挑戦を続ける選手たちには敬意を感じるし、メディアという立場を離れて、応援したいとも思う。それに、それぐらい強い気持ちがなければ、1%を100%にすることはできないのだ。
 そういえば、前に、知り合いのNBAのスカウトが言っていた。「NBAに入るは別に世の中の人たち全員に認めてもらう必要はない。1人のヘッドコーチ、1人のGMが認めてくれればいい」と。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

天津レポート

 日本代表を追いかけて天津まで来てしまいました…と言いたいところですが、残念ながら私はLAで原稿書きの毎日です。ただし、天津にはこのサイトの特派員(?)を派遣しました。…ではなくて、J-Sportsのレポーターとして、現地でアジア選手権を取材中の吉田暁央アナウンサーが、写真とレポートを送ってくれました。吉田さんの了解を得た上で、私の独断で編集して掲載します。茶色文字の( )部分は私の感想です。

*****

A

8月4日(火)
 日本代表は北京から陸路天津に到着。夜には市内の体育館で1時間ほど軽く練習を行う。しかし、いきなり、カタールが練習時間をオーバーして待たされた挙句、帰りのバス迎えにこなくてなかなか帰れない羽目に!

 パス(選手証、スタッフ証)の発行でもトラブル続き。追加召集された正中選手のパスが発行されていなかったり(これはすぐに解決)、トレーナーなど数名のスタッフ用パスはなかなか準備されず、チーム関係者は対応に追われる2日間であった。選手たちをしっかりサポートしたいのは山々であるが、その体制を作るまでにかなりの時間と精力を使わなくてはならなかった。
(移動、異国で疲れているところに、これはきつそうです。特にパスがないと何もできないですから、スタッフの方も苦労したことでしょう)

8月5日(水)
 朝8時から練習。時間は早いものの、日本チームの状態は上々のようだ。
ただし桜井選手は腰が悪く(ジョーンズカップで打った腰ですね)、練習は別メニュー。軽いストレッチだけだったとのこと。

8月6日(木)
A_2  写真は韓国戦の試合前の練習風景(試合前なのに観客がほとんどいない! 大会前日の試合の風景かと思いました)。反対サイドには韓国の応援が大挙して押しかけて、まるで韓国のホームコート状態でした。
(FIBA TVの映像でも、韓国チームのファンの応援風景が映ってました。数は少ないものの、日本からも日の丸の旗を持って応援にかけつけたファンがいたそうで、選手たちも嬉しかったことでしょう)

 追加召集の正中選手はパスは出たものの、公式に発表されたロースターにも載っていなくて、どうやら選手登録の手続きができていなかったらしい(そのため、吉田アナは私が紹介した台湾記者から「日本は11人で戦うのか」と聞かれたとか)。韓国戦では試合に出られず、スタッフとしてベンチ入りしています。今後出られるように交渉中だそうです。折茂選手は体調不良(お腹の具合が悪いとか)で韓国戦はベンチ入りせずでした。

*****

 韓国戦の結果は…皆さんご存知だと思うのでパス。以上、吉田アナの天津レポートでした。果たして、この天津レポートの第二弾があるかどうかは未定。吉田さんが元気だったら送ってくれるかも? とはいえ、お仕事で忙しいでしょうから、期待せずに待つことにしましょう。
 また、これは私の記事ではないので、今回はBasketball-zineには掲載せず、ココログだけの掲載にします。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »