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2010年5月29日 (土)

言葉

 Cager Japanに掲載になっている漫画家・井上雄彦氏のインタビュー(前編)で、井上さんは「スラムダンク」中の名言と言われる言葉について、「言葉だけを抜き出すとそんなに特別なことは言っていない。漫画のセリフなので、そこまでの流れとかキャラクター性があり、その言葉がポンと出ると読者の心に深く残るのだと思う」と言っていた。

 よく考えたら、これは漫画の世界だけでなく、スポーツ選手が発する言葉に感動したり、刺激を受けるときでも同じだ。

 こういう仕事をしていると、日ごろから多くの選手やコーチの言葉を耳にする。その中で、この言葉を伝えたいと思って記事にすることも多い。それは、必ずしも目新しい言葉とは限らず、よく聞く決まり文句であることも多い。別の場面、別の状況で、別の人から聞いて、その時は流していた言葉であることもある。

 でもその言葉を発するまでにその人が経験してきたことや、その言葉を口にしたときの気持ち、その言葉にこめられている思いを理解できたとき、それは胸に響いてくる。

 選手たち自身も、自分の気持ちを確認するとき、気持ちを盛り上げたいとき、人の言葉を求めることが多い。アメリカで出会ったコーチの多くは、モチベーションをあげるような言葉をたくさん知っていて、その中からその時々の状況にあった言葉を選手に伝えてやる気を起こさせようとしていた。
 以前、モントロス高校のストゥ・ベター・コーチを取材したときに、彼のファイルにはそういった言葉がたくさん集められていた。コーチ仲間の間でまわして共有することも多いという。ポートランド大のエリック・レベノ・コーチのツイッターでも、あちこちから引っ張ってきたモチベーションの言葉が引用されている。

 そういった言葉にしても、言葉だけ聞いて必ずしもやる気が起きてくるわけではない。苦しんだり悩んだりする経験をしたからこそ、その言葉に共感することがあるから響いてくるのだ。ロッカールームでの試合前のコーチの言葉が、選手全員のやる気を起こさせるのは、彼らがみんな同じ苦しい練習をし、シーズンを戦ってきたという、共有するものがあるからだ。

 話は少しそれるが、先日ツイッターで紹介したマリオン・ジョーンズのインタビュー・ビデオ。ジョーンズは言わずとしれた元陸上選手。オリンピックなど多くの大会でメダルを取ったが、後にドーピング使用を認めてメダルは剥奪された。
 そのジョーンズ、大学時代は名門ノースカロライナ大のバスケチームの一員として全米優勝も果たしており、今シーズン、WNBAに挑戦、タルサ・ショックのロスター入りを果たした。ビデオの一番最後で、インタビュアーのシェリル・ミラーから、自分について学んだことは何かと聞かれたときのジョーンズの答えは印象的だった。
「マリオン・ジョーンズではなく、マリオン・ジョーンズでもいいのだということがわかった」

 これ、文字に起こすと何が何だかわからないけれど、最初のマリオン・ジョーンズは強い語調で、2度目のマリオン・ジョーンズは普通の抑揚で言っていた。まわりから期待されているような、すべてを成し遂げることができるマリオン・ジョーンズではなく、欠点もあるし、失敗することもある普通の人間のマリオン・ジョーンズでもいいのだと。

 これを、説明せずに伝えられるのが、映像(音声)の強さ。文字はそれは伝えられないけれど、かわりに映像では捕らえきれないものもたくさん伝えることができる。

 ライターとしての話に戻ると、取材している中で、聞きながら「この言葉は使える」と思うことがある。やや不純な思いだとは思うけれど、おそらく同業者ならみんな経験があるのではないだろうか。
 でも、実際には、単に「使える」言葉だけで記事を書いても、それは上っ面のするっとした記事になるだけ。その言葉を発した裏にある苦しみや悩み、努力。それをすべて文章で表すことは無理だけど、それを理解したうえで、少しでも伝えながら記事としてまとめる。それがライターとしての醍醐味だと思う。言葉を言葉としてだけ伝えるのではなく、その言葉を発するまでにいたった体験、思いを伝える。それがライターの仕事だと思う。

 今の世の中、ツイッターでもブログでも、選手から世界に直接伝えることができる。それなら、ライターが伝えるべきことはなくなるのかというと、そうではないと思うのだ。選手が直接伝える言葉のパワーには勝てないけれど、かわりに選手個人では伝えきれないこと、表現しきれないことを書くことで、別の形で言葉に力を持たせることはできる。

 NBAプレイオフも、いよいよ最後の戦いへと向かっている。勝敗にかかっているものが大きくなればなるほど、そこにたどり着くまでの苦労も時間も多く、それに比例するように選手の思いがズシンズシンと胸に響いてくる。そんな刺激的な毎日を送っていると、あらためて、この仕事をしていてよかったなぁと思うのだった。

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コメント

個人競技とチームスポーツでは、ドーピングに対するペナルティーがあまりにも不公平だと思います。

昨今問題になった水泳の水着だって、あんなのドーピングと何が違うんだろう?着るだけで、大して早くない選手が世界記録を連発してました。聞けばあれは選手の体に凄く負担がかかるらしいですね。薬なら駄目で道具ならいいって事かな?

MLBのバリーボンズやA.ロッドも使用を認めてるのに、彼らは記録を剥奪されてないですよね。A.ロッドがMLBから長期間の出場停止くらった事ないですよ。あまりMLBは好きでないので、詳しくは知りませんが。サッカーのワールドカップアメリカ大会で、マラドーナのドーピング使用が発覚して、彼は出場停止にはなったけど、FIFAはアルゼンチンの勝利を没収したりしていない。凄く不公平な気がします。マリオンやベン・ジョソンとあまりにも違う。彼らは競技する事すら奪われたのに。

勿論ドーピングはよくない。でもチームスポーツなら処分が軽くて、個人種目なら処分が重い。これは基準がおかしいと思いますよ。スポーツ界全体で考えるべき問題だし、全ての当事者が同じペナルティーを与えるべき。ボールゲームならならいいけど、陸上では駄目とかは絶対おかしい。

ドーピングだけで記録を作って来た訳じゃないし、救済処置というか、名誉を回復させてあげる方法を考えてあげて欲しいです。中にはドラッグとドーピングを同じように考える人もいるけど、ジャンキーと一緒にするなと思いますね。

僕はマリオンジョーンズが好きだったし、もう十分罰は受けた。彼女のこれからの大活躍を祈りたいですね。
WNBAで大活躍して、一杯タイトルとって、ドーピングなんか使用しなくても、私は出来るのといって欲しい。見返して欲しいですよ。僕は応援しますね。

投稿: 増田康幸 | 2010年5月31日 (月) 06時45分

>増田さん

返信遅くなってすみません。

団体競技、個人競技の差というよりは、統括組織の違いによる対応の差ではないかと思います。世界中のスポーツ全体を統括する組織があるわけではないので、競技によって対応の差が出てしまうのはしかたないところ。へたに統一しすぎても、柔軟性がなくなってしまいますし、こうやってひとつの組織(競技)でだめだったことが、別の世界でチャンスを与えられる世の中だということでいいのでは?

投稿: 陽子 | 2010年6月11日 (金) 16時53分

こんにちは、遅ればせながら記事を読ませて頂きました。
先日、HOOPの記事の感想をツイッターで送った者です。
改めて、宮地さんのお書きになる文章の根底にあるものに触れさせて頂きました。
これからも良い記事を期待せずにはいられません。
月並みな言葉ですが、お体を大切にして、頑張ってください。

投稿: RomeoRJR | 2010年8月 1日 (日) 18時28分

>RomeoRJRさん
ありがとうございます。努力している人、壁を乗り越えようとしている人の言葉はずしりときますからね。それに負けないぐらいの気持ちでこちらも表現しなくては、と気を引き締めさせられます。

投稿: 陽子 | 2010年8月 2日 (月) 02時36分

ぼくもマリオン・ジョーンズのファンで、いち早く自分はずば抜けた存在だということを示してほしい

投稿: たけちゃん | 2010年9月12日 (日) 20時12分

>たけちゃん
マリオン・ジョーンズが所属するタルサは散々な成績でシーズンを終えましたし、ジョーンズ自身も大活躍というわけではありませんでしたが、それでも、シーズン最後までプレーし続けたことは評価できることだと思います。狭き門であるWNBAでプレーするというだけですごいことですから。個人的には、間違ったことをしたことを反省したうえで、(競技は違えど)また競争する場に戻ってきたことがすごいと思います。

投稿: 陽子 | 2010年9月29日 (水) 19時45分

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