カテゴリー「ライター四方山話」の記事

2010年5月31日 (月)

シューズ

 カンファレンス・ファイナルになると、全米各地の記者が増えてくる。先日のサンズ@レイカーズ第5戦でも、懐かしい顔がチラホラ。
 一人はかつてNYタイムス、現在ワシントン・ポストのマイク・ワイズ。メディアルームの外でばったり顔をあわせて、お互い挨拶した後に「時々、君のbyline(記名記事に書かれた筆者名)を見るよ」と言われた。何かと思ったら、どうやら私の名前で検索したらしい。
 ちなみに、マイクは、少しだけ日本語を話すことができて、ひらがなだったら読めるらしい。でも漢字は読めない。…ということは当然、私の記事は読めず(笑)、記事にあるアルファベットの名前部分だけ見るに終わったようだ。「日本語が読めたら、ブログもツイッターもやっているのに」と言っておいたけれど、たぶん無理だろうな。

 もう一人見かけた懐かしい顔は、元スラム誌で今はESPNのスクープ・ジャクソン。シカゴに住んでいた頃はよく試合で顔をあわせていたけれど、私がLAに引っ越してからはオールスターやファイナルなど大きな試合でしか会わなくなった。
 翌日のLAのラジオにも電話出演していたのだけど、何でも試合は最後まで見ることができず、空港に向かう車の中で最後の劇的な場面の実況を聞いていたらしい。
 その直後、彼が司会を務める The Next Roundという番組がESPNで流れていたのだが、LAを拠点とするESPNのライター、JA・アダンデ(元シカゴ・サンタムス→ワシントン・ポスト→LAタイムス→ESPN)がゲストとして出ていたから、もしかしたらこの番組の収録でLAに来ていて、ついでに試合に来たのだろうか。

 それはともかく、このThe Next Roundが、1回2分間というごく短い番組なのだけれど(CMのような扱いなのかも)、なかなか雰囲気がよく、さらに内容も面白いのだ。Jin Beam というウィスキーの会社がスポンサーということもあって、ジャズバーのようなセットでスクープ+2人のゲストがNBAを語る(放映は2分だけど、30分番組が作れるほど話していると思うので、ぜひカットした部分も見てみたい)。
 
そういえば、昔、シカゴでは個性豊かなベテラン・スポーツライターが媒体を越えて出演、葉巻やタバコを吸いながら喧々諤々とスポーツを語るという番組(The Sports Writers on TV)があったのだけど、それを現代版&お洒落にした感じ。スクープはシカゴで育った人なので(今もシカゴ在住)、あの番組が元のイメージとしてあるのかもしれない。

 The Next RoundでJAが出ていた回のもう一人のゲストは、インディアナ・ペイサーズのダニー・グレンジャーで、トピックは敵選手を称賛すること、敬意を払うこと。その流れで対戦相手の選手、敵チームの選手のシグニチャー・シューズを履く話になった。すると、JAがこう言った。
「ジョーダンがまだ現役だった頃、彼をマークしなくてはいけないのにエアジョーダンを履く選手がいるっていうのが信じられなかった。僕はインタビューするのにもエアジョーダンを履いていきたくなかった。そこまで彼にアドバンテージを与えたくなかった」
 この気持ち、わかるな~。このあたりは、記者によっていろんな考え方があると思うけれど、私も取材するとき、できれば選手とは対等な気持ちでしたい思っている。上でも下でもなく同じ立場。もちろん、選手たちはすばらしい才能の持ち主で、そのことに敬意は払うけれど、記者が取材する前から選手に媚びていたら、いい話は聞きだせない。ジョーダンのことも、長年近くで取材していたけれど、エアジョーダンを履いて取材したことはない。エアジョーダン自体、持っていなかったのだけれど、買うのに躊躇したのにはそういった気持ちもあったのだと思う。エアジョーダンを履いたからといって媚びているわけでもないけれど、こっちの気持ちの問題として、ね。
 この番組を実際に見たい方はここでどうぞ。あとiTuneのPodcastでも番組をダウンロードできます。お勧め。

 さて、ここまでは実は長い前振りで、ここからがきょうの本題。JAの話で思い出したのが、この写真。

P1110135s

 少し前に探し物をするのに資料が入ったダンボール箱を探っていたら出てきた写真だ。いや~懐かしい。ロッカールーム内はオフィシャル・カメラマン以外はカメラでの写真撮影は厳禁なので、長年取材していても、この手の写真はほとんど持っていない。この写真はブルズのオフィシャル・カメラマンのビルがいつの間にか撮影していてくれたようで、後に大きく引き伸ばしてプレゼントしてくれたのだ。
 注目はこのときに私が履いていたシューズ。スニーカーっぽくない色で気に入っていたのだけど、実はFILAのシューズだった。気に入っていたので、試合にも時々履いていったのだけれど、あるとき(この写真とは別のとき)、試合前のロッカールームでいつものように選手が出てくるのを待っていたら、トレイナールームからロッカールームを通って出て行ったジョーダンが、本当に一瞬チラっとこのシューズを見ただけでナイキでないことをわかったようで(シューズ好きの人からしたら当然かもしれないけれど、シューズの見分けが苦手な私にとってはそれ自体がすごいことだ)、通りがかりに「なんでナイキを履いていないんだ」と言い、その返事を待つことなく通り過ぎていった。
 これにはさすがに、私も、一瞬、「え?」状態だった。ジョーダンが通り過ぎてから、FILAのシューズについて言われたのだとわかり、いやはや目ざといと驚くやら、一人のメディアのシューズにもそこまでこだわるかと可笑しくなるやら。

 ジョーダンのナイキに対する忠誠心にまつわるエピソードは他にもたくさんある。たとえば、以前、シカゴで行われていたジョーダン・キャンプに日本から来た子供たちの通訳という仕事をしたことがあった。そのとき、キャンプ参加者には、キャンプの最後に一つだけ、自分が持ってきた好きなものにジョーダンのサインをもらえるという特典があった。参加していた日本人の子の一人が、いつも自分が履いているアシックスのシューズにサインをもらいたいと差し出したそのとき、ジョーダンは「これはだめだ。シューズはナイキじゃないとサインはしない」と言うのだ。英語が喋れないその子に代わって「でも、ナイキは元々、アシックスの販売会社として始まったのだから、言ってみれば兄弟会社のようなもの」と主張したものの、「それは知っているけれど、だめだ」と、最後までアシックスのシューズへのサインを拒んだ。たぶん、他メーカーのシューズにサインをすることで、そのシューズを認めているように受け止められる可能性があるのが嫌なのだろう。結局、その時はシューズではなく、シャツか何か別のものにサインしてもらって一件落着だった。

 色々な選手を見てきたけれど、ジョーダンほどこういった細かいところで揺るぐことなく、頑固なほど一貫した言動を取り続ける選手は他にあまりいない。他の選手だったら、自分が契約しているメーカー以外のシューズでも、子供からサインを求められたらサインするんじゃないだろうか。ジョーダンのように、いつでも、どんなときでも拒み続けるのもエネルギーがいるはず。でも、そんなことにまでこだわり続けるメンタリティは、ジョーダンの偉大さを支えている重要な要素の一つだと思うのだ。

 通りすがりにシューズを見分ける視野と動体視力(?)もね。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2010年5月29日 (土)

言葉

 Cager Japanに掲載になっている漫画家・井上雄彦氏のインタビュー(前編)で、井上さんは「スラムダンク」中の名言と言われる言葉について、「言葉だけを抜き出すとそんなに特別なことは言っていない。漫画のセリフなので、そこまでの流れとかキャラクター性があり、その言葉がポンと出ると読者の心に深く残るのだと思う」と言っていた。

 よく考えたら、これは漫画の世界だけでなく、スポーツ選手が発する言葉に感動したり、刺激を受けるときでも同じだ。

 こういう仕事をしていると、日ごろから多くの選手やコーチの言葉を耳にする。その中で、この言葉を伝えたいと思って記事にすることも多い。それは、必ずしも目新しい言葉とは限らず、よく聞く決まり文句であることも多い。別の場面、別の状況で、別の人から聞いて、その時は流していた言葉であることもある。

 でもその言葉を発するまでにその人が経験してきたことや、その言葉を口にしたときの気持ち、その言葉にこめられている思いを理解できたとき、それは胸に響いてくる。

 選手たち自身も、自分の気持ちを確認するとき、気持ちを盛り上げたいとき、人の言葉を求めることが多い。アメリカで出会ったコーチの多くは、モチベーションをあげるような言葉をたくさん知っていて、その中からその時々の状況にあった言葉を選手に伝えてやる気を起こさせようとしていた。
 以前、モントロス高校のストゥ・ベター・コーチを取材したときに、彼のファイルにはそういった言葉がたくさん集められていた。コーチ仲間の間でまわして共有することも多いという。ポートランド大のエリック・レベノ・コーチのツイッターでも、あちこちから引っ張ってきたモチベーションの言葉が引用されている。

 そういった言葉にしても、言葉だけ聞いて必ずしもやる気が起きてくるわけではない。苦しんだり悩んだりする経験をしたからこそ、その言葉に共感することがあるから響いてくるのだ。ロッカールームでの試合前のコーチの言葉が、選手全員のやる気を起こさせるのは、彼らがみんな同じ苦しい練習をし、シーズンを戦ってきたという、共有するものがあるからだ。

 話は少しそれるが、先日ツイッターで紹介したマリオン・ジョーンズのインタビュー・ビデオ。ジョーンズは言わずとしれた元陸上選手。オリンピックなど多くの大会でメダルを取ったが、後にドーピング使用を認めてメダルは剥奪された。
 そのジョーンズ、大学時代は名門ノースカロライナ大のバスケチームの一員として全米優勝も果たしており、今シーズン、WNBAに挑戦、タルサ・ショックのロスター入りを果たした。ビデオの一番最後で、インタビュアーのシェリル・ミラーから、自分について学んだことは何かと聞かれたときのジョーンズの答えは印象的だった。
「マリオン・ジョーンズではなく、マリオン・ジョーンズでもいいのだということがわかった」

 これ、文字に起こすと何が何だかわからないけれど、最初のマリオン・ジョーンズは強い語調で、2度目のマリオン・ジョーンズは普通の抑揚で言っていた。まわりから期待されているような、すべてを成し遂げることができるマリオン・ジョーンズではなく、欠点もあるし、失敗することもある普通の人間のマリオン・ジョーンズでもいいのだと。

 これを、説明せずに伝えられるのが、映像(音声)の強さ。文字はそれは伝えられないけれど、かわりに映像では捕らえきれないものもたくさん伝えることができる。

 ライターとしての話に戻ると、取材している中で、聞きながら「この言葉は使える」と思うことがある。やや不純な思いだとは思うけれど、おそらく同業者ならみんな経験があるのではないだろうか。
 でも、実際には、単に「使える」言葉だけで記事を書いても、それは上っ面のするっとした記事になるだけ。その言葉を発した裏にある苦しみや悩み、努力。それをすべて文章で表すことは無理だけど、それを理解したうえで、少しでも伝えながら記事としてまとめる。それがライターとしての醍醐味だと思う。言葉を言葉としてだけ伝えるのではなく、その言葉を発するまでにいたった体験、思いを伝える。それがライターの仕事だと思う。

 今の世の中、ツイッターでもブログでも、選手から世界に直接伝えることができる。それなら、ライターが伝えるべきことはなくなるのかというと、そうではないと思うのだ。選手が直接伝える言葉のパワーには勝てないけれど、かわりに選手個人では伝えきれないこと、表現しきれないことを書くことで、別の形で言葉に力を持たせることはできる。

 NBAプレイオフも、いよいよ最後の戦いへと向かっている。勝敗にかかっているものが大きくなればなるほど、そこにたどり着くまでの苦労も時間も多く、それに比例するように選手の思いがズシンズシンと胸に響いてくる。そんな刺激的な毎日を送っていると、あらためて、この仕事をしていてよかったなぁと思うのだった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年12月15日 (月)

色とりどり

P1000144s  お久しぶりです。また少し間があいてしまいました。ふとカレンダーを見ると、今年ももうあと2週間余りで終わり。早いですね~。
 きょうは、きのう撮った写真をネタに、ちょっと雑談です。
(バスケネタはないので、Basketball-zineのほうにはアップせず、ココログのほうにだけアップします)

 1枚目の写真はレイカーズ戦に行くために家を出てすぐ、空(夕焼け)があまりに綺麗だったので、車を停めて撮ってみました。こうやって空の上のほうまでこんな色になるのは珍しいと思っていたら、きょうは朝からざんざん降りの雨。夕焼けの次の日は晴れ、というのはLAには通用しないようです(まぁ、海辺に行けばほぼ毎日夕焼けを見ることができて、1年のうち大半が晴れなのだから、確率でいえば「夕焼けの次の日は晴れ」のほうがずっと多いんだけれど)。
 ちなみに、LAでは滅多に雨が降らないので、少し激しく雨が降ると、「storm(嵐)だ!」と大騒ぎ。実際、道路の排水は悪くて1車線丸々水没するし、みんなノロノロ運転になるしで、こういう日は外に出ないに限ります。試合がない日でよかった。

P1000183s  そして、右は、レイカーズやクリッパーズが本拠地とするステープルズセンター前のLA Liveの広場に設置されたクリスマスツリー(ツリー右にステープルズセンターが写ってます)。
 年内、18~22時まで、毎時0分から10分弱、音楽と映像にあわせてツリーの色が次々と変化するライトアップ・ショーが行われているとのこと。試合前に通りかかると、かなりの人混みです。
 いつもステープルズセンターに18時前に入って、23時近くに出てくる私にとってはタイミングがあわなくて、なかなかショーを見ることができなかったのだけど、きのう、日曜でいつもより1時間早い試合開始だったおかげで、帰りがけに通りかかったときにタイミングよく最後の22時からのショーがスタート。レイカーズ・ファンも帰った後だったので、混雑もなく、ゆっくり見ることができました。

 ステープルズセンター近くは今まで試合後に食事する場所もなかったのだけれど、LAライブにはレストランもたくさんオープン。これで、試合の前でも後でも、車に乗って移動することなく、レストランに寄ることができるようになりました。ボーリング場や映画館があったり、まだ建設中だけど、ホテル(リッツ・カールトン)や、ホテルが経営するコンドミニアムもあったり、かなり賑やかになってきました。ちなみに、日本語放送の番組で聞いた情報ですが、コンドミニアムは150万ドル~600万ドルのお値段だとか。私なら、この値段を出すのなら(出せるのなら)、ここよりは海辺の家のほうがいいな~。

 そういえば、今月頭に行われたツリーのライトアップ・セレモニーには、ナタリー・コールやブリットニー・スピアーズが来て行われたらしい。それは見たかったな。でも、私はその頃、ちょうど大陸横断して某所に取材に行っていたときだったので、そんなセレモニーが行われたのも知りませんでした。
 その、某所での取材話も書きたいのですが、今週はあと1本締め切りがあるので、それが終わってからにしておきます。
 予告(?)の写真だけ掲載しておきます。どこに行ったのか、想像してみてください。

P1000078s  P1000094s_2 P1040350s

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月19日 (水)

パソコン、ローズ、BJにオバマ

更新が滞ってしまっているので、きょうはとりとめもなく、軽く雑談モードで。

■ 恒例にしたくないけれどなってしまっているパソコン故障。先日、またやってしまった。スリープ状態で机に少し強くぶつけてしまっただけなのだけど、起動しなくなってしまった。前回ほどひどくはなく、一応、中のデータは無事なようなので一安心(まぁ、私も少しは学習したので1週間前に全データのバックアップはとってあったけれど)。

修理で預けている間はとりあえず慣れぬVistaの機械を使っている。ところが、噂には聞いていたけれど、いつも使っているソフトがインストールできなかったり、インストールできてもいつも通りに作動しないものもあったりで、いつもの作業ができずに不便。修理から戻ってきたら、これはXPにダウングレードの予定。Vistaのほうがいいところもあるんだけど、しかたない。

■ きのうはブルズ@レイカーズの取材。シカゴを離れて4年たち、選手やコーチ陣はほとんど入れ替わってしまったけれど、番記者やスタッフはほとんど変わらずに懐かしい。懐かしいといえば、BJ・アームストロングが試合に来ていた。BJは今、大物エージェント、アーン・テレムの元でエージェント業を始めていて、ブルズの新人、デリック・ローズのエージェントをしている。ローズは、BJからジョーダン時代の話などをいろいろ聞いているらしい。

■ そのローズには試合前のロッカールームで話を聞いた。複数記者での囲み取材なので、話題はあっちにいったり、こっちにいったりだったけれど、ローズはプレーと同じように落ち着いた様子で、辛抱強く、まじめに最後まで答えてくれた。コート上でも、あの落ち着きぶりはまったく新人とは思えない。試合後、フィル・ジャクソンもコービー・ブライアントも賞賛だった。

■ 元マイケル・ジョーダンのトレイナーとして有名なティム・グローバーも試合に来ていて、試合前に食事しながら雑談。ティムは現在もNBA中に多くのクライアントを抱えるトレイナーで、シーズン中は必要に応じて、クライアントのところを転々としているのだ。 ティムは、去年夏に総工費1500万ドルという施設を建てたばかり(それまでは、元々あったバスケットボールコート付の建物を購入して使っていた)。

11/4のエレクションデー(選挙日)には、そのコートにバラク・オバマ次期大統領がピックアップゲームをしに来たらしい(オバマ次期大統領は、選挙の日にピックアップゲームをするのが習慣なのだ)。いっしょにプレーした中に元NBA選手(もしかしてジョーダンとか)がいるかと思ってティムに聞いたところ、さすがにそういうことはなかったらしい。いっしょにプレーしたのはみんな、30~40代の、かつて大学でプレーしていたくらいのレベルの選手たち。その中では、オバマは“Not bad”なレベルの選手だったとか。

#調べてみたところ、この日のピックアップゲームについてはいくつか記事にもなっていた。ESPNのカレッジバスケットボール専門のライター、アンディ・カッツも参加した一人だったらしい。

#ちなみに、オバマの義兄(ミシェル・オバマの兄)、クレッグ・ロビンソンは今シーズンからオレゴンステイト大のヘッドコーチ。これまた少し調べたところ、昨シーズンとその前のシーズンはアイビーリーグ、ブラウン大のヘッドコーチだったという。ブラウン@コロンビアの試合は偶然、この2シーズンとも取材に行っているので、そのときに撮った写真をチェックしたところ、確かにロビンソン・コーチがベンチにいた。目元がミシェル・オバマにそっくり。トリビア話ついでに、ロビンソンはブラウン大の前は6年間ノースウェスタン大のアシスタントコーチだったそうなので、2002~06にノースウェスタンでプレーしていたトニー・パーカー弟、TJパーカーも彼にリクルートされた可能性大。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年8月18日 (月)

オリンピック雑感

 お久しぶりです! 1ヶ月ぶりの更新となってしまいました。
そうこうしているうちに、北京オリンピックもすでに半ば。バスケは男女ともに予選ラウンドが終わりました。といっても、私は北京には行っていませんが…。
(オリンピック取材は取材証が取りにくいうえ、チケットでの取材だと制限も多く、進んで行きたいという気持ちにならないんです)

 バスケの試合は毎日テレビで見てます。アメリカではNBCがオリンピックの放映権を持っていて、関連チャンネルをめいっぱい使って放映しています。メインのNBCで放映する試合は限られているけれど、NBCで放映しないアメリカの試合はUSAチャンネルで生放送し、さらにこの期間限定の"Basketball Channel"というチャンネルを設けて(うちのケーブル会社ではMOJOというHDチャンネルを振替)、男女とも全試合を放映しています。一部録画だけど、生放送で見たければNBCのサイトでライブ配信もしているし、バスケットボールの放映に関してはかなり満足(他の面では、NBCで放映している番組が、東海岸はリアルタイム放映なのになぜ西海岸では3時間遅れなのかとか、不満がないわけではないのだけれど、バスケの試合を全部放映してくれている分でその不満はほぼ帳消し)。

 予選ラウンドが終わり、アメリカは男女ともに圧倒的な強さで全勝。男子代表が"Redeem Team"(名誉挽回のチーム)と呼ばれ、挑戦者として王者復活を狙っているということが注目されているけれど、実は女子も2年前の世界選手権の準決勝でロシアに敗れて3位に終わっているので、ミニ・リディーム・チーム。決勝トーナメントでアメリカとロシアが順当に勝ち進めば、再び準決勝でアメリカ対ロシアのマッチアップになるけれど、今回のロシアは強いのだか脆いのだか…。そういえばロシアの202cmのセンターは、かつてWNBAマーキュリーで萩原美樹子選手のチームメイトだったマリア・ステパノバ。当時19歳だった彼女も今は29歳です。

 アジアの国も頑張ってますね。イラン男子は予選ラウンドで脱落したものの、中国は男女ともに決勝ラウンド進出。特にヤオ・ミン今回のオリンピックにかける思いがとても強かったので、ドイツに勝って喜んでいる姿は見ていてこちらまで嬉しくなりました。さらに、緒戦でロシアに金星をあげそこねた韓国女子も、最終戦でラトビアに勝って決勝ラウンド進出。毎試合、リバウンドの数では圧倒的に負けながらも、ターンオーバーを最小限にして、3ポイントで効率よく得点することで勝機を得ている韓国に対して、アメリカの解説(現・元WNBA選手)は「コーチがすばらしい」と賞賛してました。アトランタのときの日本女子も似たような戦いぶりで決勝ラウンドに進出し、地元ファンの間で人気だったのを思い出しました。
 【追記】ところで、今回、アジアの国が決勝トーナメントに進んだことで2年後の世界選手権でのアジア枠が増えると思っている方も多いようですが、残念ながらこれはまったく直接的には影響ありません。アジアからは男女ともに3枠。これについては、別記事で詳しくアップします。

 きょうは思い浮かぶままに記しただけの文章になってしまいましたが、次から数回は、7月末の男子アメリカ代表のキャンプなど、更新をサボっていた間の取材ネタも織り交ぜて書いていこうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年7月 4日 (金)

Red-eyeでDリーグ・プレドラフトキャンプへ

 "Red-Eye flight"の意味、わかりますか? 直訳して赤い目のフライト、つまり飛行機の夜行便のこと。アメリカ大陸は広く時差もあるので、一日を有効に使うために、西→東の移動のときにはよく使っている(余談だが、東→西のred-eyeはない)。
 今回はred-Eyeを使わないとこの取材はできなかった。アメリカ代表の練習&取材がラスベガス時間の午後に行われ、翌日にアトランタ郊外で朝9時過ぎから3時半までDリーグのプレドラフトキャンプ。この両方を取材するには、アメリカ代表を取材したあと、数時間ラスベガスで時間をつぶし、夜中発の夜行便で出発するしかなかったのだ。それでも、時差もあるから、シカゴ乗換えをしてアトランタに到着したのは翌、6/29の朝9時半(アトランタ時間)。そこからレンタカーをかりて、1時間弱のドライブをして会場に到着したのは11時過ぎ。本当は9時半~11時の時間帯で、日本人4選手それぞれのチームの試合が予定されていると聞いていたので、できれば最後数分だけでも見たかったのだけれど、やっぱり無理だった。あとは午後にそれぞれ、最後の1試合がある。そのために大陸横断してきたようなものなのだ。

 プレドラフトキャンプとは、言ってみればDリーグと契約=ドラフト候補選手となるために目に留めてもらうためのキャンプ。大学時代に強豪校で活躍したり、NBAのサマーリーグ、トレーニングキャンプに出る選手はこのキャンプに参加しなくてもスカウティングされているので、アメリカ人の参加選手には、NCAAのD2、D3や、あるいは短大しか行っていない選手も多い。出身大学でN/A(該当なし)となっている選手も何人もいたが、おそらく学力などいろいろな理由で大学まで行かなかった選手なのだろう。18、19歳の選手も4人ほどいた。
 それでも、このDリーグのプレドラフトキャンプは申し込んだ全員が参加できるのではなく、申請者のうち200人を越えた分は経歴を見てカットというやり方を取っているので、とんでもない素人選手は入っていない(マイナーリーグのトライアウトだと、ピックアップゲームだとおミソになりそうなくらいのへたっぴ選手が混じっていることもあるのだ)。今年は260人の申請があったというから、60人が書類でカットされたことになる。実際、大学時代は無名でも、マイナーリーグで経験を積んだ選手も多く、マイナーリーグのトライアウトとすれば、レベルは平均以上だと思う。
 200人の参加者中、171人が6-6(198cm)以下。日本にいると、198cmならそれほど小さいとは思わないかもしれないが、NBAならシューティングガードの身長。Dリーグでもスモールフォワードだ。

 参加した日本人選手のうち、竹内譲次選手は申請身長6-9(206cm)で、彼より高い身長で登録されていたのはわずか5人。でも皆さん、それぞれだいぶサバ読んでいたようで、6-11で登録しながら、並んでみると譲次選手より低いということもあったとか。そんなだったので自分よりサイズの大きな選手とマッチアップすることもほとんどなく、4番、5番として使われることも多かったので、その点では少し物足りなかったかもしれない(途中、コーチに頼んで3番をやらせてもらったこともあったらしい)。私が見た試合ではインサイドのシュートもことごとくミスしてしまっていたり、決して試合を支配していたわけではないのだが、それでもあの身長でボールハンドリング力もあるということで、コーチやリーグ関係者から注目されていたようだ。感触としては、プレータイムがどれだけもらえるかはわからないけれど、Dリーグ・レベルならロスターには入れるんじゃないかな。
 他に参加していたのは栗原祐太選手、中川和之選手、呉屋貴教選手。栗原選手、中川選手はさすがにアメリカのマイナーリーグ経験が多いだけに、こういう場でもどういうプレーをしたらいいのかがわかっているようだった。ただし、ビッグマンが少ないということは、逆に言えばそれだけガードの選手が多いということ。となると、彼らのようなガード選手の場合は、大勢いる中でどうやって目に留めてもらうかが鍵となる。

 サクっと書くつもりが、まとまりなく長くなってしまった。キャンプ後には、それぞれの選手に時間を取ってもらって話も聞いてあるのだが、それも含めて次号(7/25発売9月号)の月刊バスケットボールとHOOPに記事を書く予定なので、続き(?)が気になる方はそちらの記事を読んでください。

 最後に写真を。ただし会場が暗かったので、動いている写真はブレブレのボケボケ状態。それでも、ブログなので、多少ボケていても雰囲気がわかる写真を選んでみました。

P1270659s P1270672s

P1270712s P1270729s

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2008年4月20日 (日)

レイシー&シカゴの記者たち

 立て続けの更新で、しかも明るい話題のあとに少し悲しい話題ですが、どうしても書いておきたかったので。

 きょう(4/20)付のシカゴ・サンタイムスに、ベテランNBA記者、レイシー・バンクスが書いた文章が載っていました。といってもNBAの記事ではなく、心臓移植の話。

 現在64歳のレイシーは何年も前に心臓病の手術を受けているのですが(このときも大手術でした)、最近になって、担当医から心臓の弁が正常に機能していないので、心臓移植が必要だと言われたそうです。しかし、心臓移植準備のための検査の段階で、今度は前立腺癌が見つかってしまい、移植の対象から外れてしまったのだそうです。

 記者であるとともに牧師でもあるレイシーは、「癌が移転せず、心臓の不備を治すためには祈りと奇跡と、医者の技術だけが頼り」と書いてます。私には何もできることはなく、しかも神も信じていないのですが、それでもレイシーのために祈ろうと思います。

詳しくはこちらの記事を読んでみてください(英語です)。
Columnist: I wish I could be on the transplant list

 ここを読んでいる人たちの大半はレイシーのことは知らないと思いますが、彼はマイケル・ジョーダンがNBAに入った当初から(実際にはそのもっと前から)、ブルズの番記者、そしてその後はNBAライターをしてきた人なので、90年代のブルズ・ファンなら彼の記事を読んだことがあるかもしれません。本は出していませんが(確か、サンタイムスの規則で出版ができなかったはず)、ブルズ全盛期の頃には、彼の記事も何本か日本の雑誌に掲載されました。ジョーダンが98年に引退したときにナンバーが出した特集号でも、レイシーのコラムが掲載になりました。ジョーダンと卓球で勝負した話…と言えば思い出す人もいるかな。

 レイシーよりは少し若いけれど、やはりベテランのシカゴ・トリビューン記者、サム・スミスは最近になって、早期退職の選択をして、トリビューンを去ってます。サムは、日本でも本が出版されているので有名ですね。彼の早期退職の意図は、しばらく前から聞いていたので驚きませんでしたが。
 それにしても、サムとレイシーといえば、ジョーダン時代のブルズの記者の中では古参で、私も駆け出しとして取材している頃にとてもお世話になったものです。月日の流れを感じます。

 そういえば、2回目の三連覇のときのブルズ番記者@シカゴ・トリビューンだったテリー・アーモアが心臓病で亡くなったという記事を少し前に読んだのを思い出しました。享年46歳だったそうです。いつもニコニコと笑っていて、明るい人だったなぁ。R.I.P.ご冥福をお祈りします。

■追記(5/6)
 レイシーが、病気との闘いをブログに綴ることにしたようです。5/5付の最初の投稿を読むと、上の2つの病気に加えて、脳腫瘍も患っているとか…。なんとか3つの病気を克服して、また元気なレイシーに会えることを願うばかりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月19日 (木)

NBA サマーリーグ @Las Vegas (1) 注目の二人

 気付いている方もいると思うけれど、このブログは月の前半の更新が少ない。ホームページを始めた頃から、無理して更新するよりも自分のペースで長く続けたいと思ってやってきているので、忙しい時期はどうしても更新の頻度も落ちてしまうのだ。
 なぜ月の前半が忙しいかというと、月刊誌2誌の原稿締め切りが集中している時期だから。特にHOOPは最近、長めの原稿が増えて、これは書き手としては書きがいがあって嬉しい悲鳴なのだけれど、それだけ準備と執筆に時間もかかってしまう。
 今月はさらに、ちょうど締め切りが重なっている時期に、サマーリーグの取材で行ったラスベガスの灼熱の気候にやられてしまった。何しろ外気の最高気温45度(摂氏)。それが、いったん屋内に入ると10度くらい? とにかくどこに行 っても冷房がガンガンきいている。あんな気温の変化を毎日経験していたら、寿命が縮まること間違いなしだ。

 …と、ここまでは今ごろラスベガスのサマーリーグについて更新する言い訳。

                                                      ***

 さて、今年のサマーリーグの目玉は何といってもこの二人(左がドラフト2位指名のケビン・デュラント。右がドラフト1位のグレッグ・オーデン)。

P1200538s_1P1200496s_2

 プレー写真はあちこちに出ているので、プレー中ではない写真を。ドラフトからまだ1週間余りだけど、すでに持ち物がプロ選手らしくなってきている。

 二人ともサマーリーグのデビュー戦はいまひとつの出来。ドラフトでは選手は将来性をこめて評価されるので、ガーネットだ、ロビンソンだと言われてきたけれど、実際には彼らはまだ10代の若者なのだと、当たり前のことを思い出させられる。
 二人とも、ドラフトから取材続きで少しお疲れの様子。ドラフトの頃にはインタビューでウィットをきかせた受け答えをしていたオーデンも、鼻炎もあってか、ごくふつうの受け答え。デュラントのほうは、ちょっとマジメな答えすぎて、囲んだ記者たちはみんな少し拍子抜けといった感じだった。ま、まだこれから先は長いので、ゆっくりと素の表情を取材していきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月29日 (金)

Air Force 25 CMロケ地

 NBAはきのう行われたドラフトやトレードの話で盛り上がっているが、実を言うと私はこの1週間ほど、NBAともバスケットボールとも関係ない仕事をしていた。いつもはバスケットボールという専門にこだわって仕事を受けていて、それはそれで楽しんでいるし、満足もしているのだけど、たま~に煮詰まった気分になって少し違う世界を広げてみたいなと思うことがある。
 先日、そんな気分のときにナンバー前担当者(現在は、同じ文春から出ている"TITLe"という雑誌の編集)のSさんから連絡があり、私でもできそうな仕事だったことと、NBAファイナルの後というぴったりなタイミングだったので引き受けることにした。

 その仕事とはドラマ「24」(Twenty Four) のロケ地取材! キーファー・サザーランド主演の人気ドラマ、「24」は私自身も数年前から少しずつ見始め、見ていないシーズンの分も、時間があるときに見ようと全エピソード録画保存して手元に持っていたドラマなのだ(この仕事を引き受けてから一気に3シーズン分くらい見た)。撮影もほとんどLAで行われているので地元で取材できるし、これほど都合がいいことはない。

 さて、ここまでは前振りで、本題はもちろんバスケに関係した話。

La4n8165s_3  その取材でLA郊外のオンタリオ空港を訪れたときのこと。空港の担当者が、1日に3つの撮影が同時に行われたことがあるというエピソードを教えてくれたのだけれど、その撮影の1つというのが、ナント、ナイキのAir Force 25の、"Second Coming"のCM撮影だったのだ。このCM、今年頭からテレビでもガンガン流れていて印象的だったので、格納庫で撮影したバスケットボールのCMと聞いて、すぐにこのCMのことが思い浮かんだほど。Dscn1992s_2
  ナイキのサイトでCMを見てもらうとわかるけれど、何しろ豪華メンバーだ。実際の撮影のときには、このうちレブロンを除いた9人が勢ぞろいだったそうだ。レブロンだけはその日にスプライトのCM撮影が入っていたらしく、翌日に一人で来て、同じセットの前で撮影し、あとから映像を合成したらしい。

 ちなみに、このオンタリオ空港はロサンゼルス空港から約90kmのところにあり、渋滞がないときで車で1時間、渋滞にひっかかると2時間くらいかかることもある。選手がみんな渋滞にはまってイライラしている様子を想像していたのだけれど、CMのメーキングのビデオを見ていたら選手たちはそれぞれナイキのチャーター機で直接オンタリオ空港にやってきたようだった。

 同じ日に行われていた残り2つの撮影のうち、ひとつは映画"Dream Girls"で、空港の別の場所で飛行機に乗り降りするシーンを撮影。もうひとつはまだ公開日が未定の"How I met my boyfriend's dead fiance"という映画で、この映画の主演の一人は、なんとエバ・ロンゴリア…! そう、トニー・パーカーの恋人。二人はこの日、同じ場所で別々の仕事をしていたということになる。空港の担当者は、パーカーはエバを訪ねてきただけでナイキのCMには出ていないはずと言っていたけれど、あらためて確認したら、彼もしっかり出ていた。もしかしたら、エバを訪ねたついでの出演だったのかも?

P1200336s_3  最後に、「24」ファンの方(このブログを読んでくれている中にいるかな~)のために、少しだけTITLeの記事の予告。このオンタリオ空港は「24」では3つのシーンで出てくる。1つは「オンタリオ空港をテロリストが占拠」(シーズン5)というエピソードなので見た人ならすぐわかるはず。このシーンはロビーを使って撮影した。
 残り2つのシーンのうち、ひとつはAF25の撮影に使ったのと同じ格納庫が使われている。これはシーズン6に出てくるシーン。さらに詳しく知りたい方は7/26発売のTITLe 9月号を見てね。このほかにも、ロケ地の裏エピソード満載の予定(実は執筆はまだこれからなのです)。この号には付録としてシーズン6のエピソード1のディスクがついてきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月31日 (日)

ジャパニーズ・バスケットボール・プレイヤーズ in ユタ

P1180153s_2  前回の書き込みからすっかり間があいてしまいました。そうこうしているうちに、きょうは大晦日。今書かないと今月は1本も書かなかったことになると、大慌てで今年最後の書き込みをしています。

 季節的に数日遅れの写真(左)でスミマセン。アメリカではHoliday Seasonということでクリスマスからお正月まではひとまとめ、クリスマスの飾りつけを正月まで残しておくのもふつうなので…と言い訳をしつつ、年末年始のご挨拶の気持ちということで。

 この1ヶ月、ブログは書いていませんでしたが、取材はたくさんしていたんですヨ。ベイカーズフィールドで田臥選手の取材が3回(本当は4回のはずでしたが、年末に田臥選手がインフルエンザで倒れたために最後の1回は取材中止)。ロサンゼルス・クリッパーズが8試合。ロサンゼルス・レイカーズが7試合。ユタに行ってユタバレーステイトを1試合。そのほか、試合以外の取材も数件。
 仕事の中で取材が一番好きな私としては嬉しい悲鳴なのですが、これだけ取材の予定が入っていると、合間に原稿を書き、友人たちとランチに行く予定を少しばかり入れるともうびっちり。…と、いつの間にかまた言い訳になってますね(苦笑)。

P1180258s  さて、それでは今月の取材の中で一番印象的だった話を。

 上で、今月もユタに行ったと書きましたが、そのときに日系人の元NBA選手、ワット・ミサカさんにお会いしてきました。実は私がワットさんにお会いするのはこれが初めて。前から一度お会いしたいと思いながら、機会がないままにここまできてしまいました。今回も、特にこの記事のために絶対に取材しなくてはということがあったわけではなく、とにかく一度お会いしたいというのが最大の目的(といっても、もちろん今回の取材については今後、どこかで取り上げるつもりですけれど)。ワットさんに連絡を取ったところ、本当に快くOKしていただきました。
 で、ワットさんと電話で話していたときに、ふと、ワットさんと会うときに中山明日実選手といっしょに行ったらどうかな~と思いついたのです。ワットさんも、ウィーバーカレッジ→ユタ大とユタで大学生活を送り、選手として活躍された方。今、現在進行形で同じユタで大学生として頑張っている日本人選手がいることも教えてあげたいし、これがきっかけでユタでバスケに関わっているジャパニーズ(日系人、日本人)同士、交流が始まったら面白いな、という思いでした。ワットさん、中山さん二人の都合もあい、12/18夜、某日本食レストランにて、ユタのジャパニーズ・バスケットボール界(!)にとって歴史的な顔合わせが実現しました。

 ワットさん、この3日後の12/21に83歳のお誕生日を迎えられたわけですが、とにかくお元気。趣味のボーリングのほうは最近はボールを軽くしてレディースボールを使わなくてはいけなくなったのが残念と悔しがっていらっしゃいましたが、もうひとつの趣味、ゴルフのほうは「ゴルファーにとって目標は自分の年齢の数でラウンドを回ること。年をひとつとったことで、それが年々簡単になっていく」と笑っていました。

 お元気なのは身体だけでなく、記憶力もスバラシイ。四方山話的にいろいろなお話を聞いたのですが、よどみなく思い出話が出てきます。
 その中でとても興味深かった話が、ワットさんが現役の頃(第二次世界大戦の前後です)はポジションというのはあまり関係なかったということ。たとえばガードの選手は、ディフェンスで戻るとそのままエンドラインまで行ってフォワードの選手をマーク、逆にフォワードの選手はディフェンスではガードの選手をマークするといった具合だったのだとか。ワットさんは現役時代には小柄なほうだったと聞いていたので、てっきりガードだと思っていたのですが、ポジションとしては“フォワード”だったのだそうです。
 そういえば私がかつて現役だった頃(当然ガードでした。会ったことがある人ならわかると思いますが、日本人の中でもチビなほうなので)、フォワードやセンターのチームメイトから、「私たちはコートの端から端まで走らなきゃいけないから、真ん中から真ん中のガードより体力を使って大変なのよ」と冗談半分で言われた覚えがあります。ワットさんの現役時代はそういう不公平(?)はなかったんですね。それだけ、みんなあまりサイズに差がなかったということなのかもしれません。

 このように、当然と思っていたことが覆されるというのは、一番取材の楽しさを感じるときでもあります。何事も、思い込みだけではダメ、きちんと確認、取材することが大事だと、あらためてライターとしての初心を思い返させられたひとときでした。

 それでは皆さま、よいお年をお迎えください。新年明けてから井上雄彦さんのスラムダンク奨学金についてのブログ記事をアップしようと思いますので、こちらもお楽しみに。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧